ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2012/11/16/yakisaba-shimesaba-bento/

焼き鯖弁当としめ鯖寿司

17歳になるブラジル生まれの息子は現在フロリダ州にある高校に通いながら、競技ゴルフに明け暮れている。

そんな息子も、来年ハイスクール卒業を迎えるため、この夏は進学する大学を決める天王山ということで、北米各地を旅し、ゴルフのジュニアトーナメントを渡り歩いている。ブラジルにいる時代にも10歳ごろからトーナメントに参加していたために、ブラジルの各地や、南米各地を旅行していた。

ゴルフトーナメントに欠かせないものに、宿と移動(車)の手配、そして食事の確保がある。近年車と宿はかなり便利になり、ネット上で予約した瞬間から、どこの街へ降り立っても、大体どういうものに出会うか予想がつく。Googleで事前に写真まで見られるし、期待と現実は大してかけ離れていない。そのぶん、デ・ジャ・ビュの連続で、旅の前のワクワク感もずいぶんと減ったような気がする。つまるところ、どこへ行っても大体同じだからである。

そこへいくと、食事はまったく別物であり、特別な存在である。

運動選手への栄養面だけでなく、食事自体が楽しみをもたらし、食事を通じた会話や出会いをも演出してくれ、そこから精神的なもの、社会的なもの、文化的なものを感じ、学ぶことができる。あまりにもフランチャイズ化され、パターン化された、レンタルカーやホテルとの出会いにはまったくないものである。単調ではあるが、重いクラブを持っての移動、連日の試合に疲れきった旅の中での大きなサブイベントのひとつになる。

私たち家族は、ブラジル日系二世の夫、ブラジル生まれで日伯両国籍を持つ息子と日本人の筆者で構成されているが、いつの日からか、トーナメント旅行中の食事は、ほぼ必ず和食(日系社会では日本食という言葉を使うが)ということが決まりごとになっていった。大体トーナメント会場を基点に、GPSに「ジャパニーズレストラン」とか「寿司」とか息子が打ち込む。北米に住むブラジル人も親切にしてくれるが、毎回ブラジル風のバーベキューに行くわけにもいかない。

トーナメントではずいぶんと各地を移動した。まず、二年半前から息子の住むフロリダ州を拠点に、ジョージア、サウスカロライナ、バージニア、テキサス、テネシー、イリノイ、ミネソタ、オハイオ、カリフォルニア、ネヴァタ、コロラド、デラウエア州と各地を回った。

日系コミュニティーのほとんどいない州では、食事では韓国人のお世話になることが多い。北米に移住した韓国人たちが、和食レストランの看板を出していることが多いからである。これはブラジルにはないことであり興味深い。韓国人たちは、東洋人のジュニアーゴルファーということで、息子に特に親切にしてくれる。韓国人の女将さんがとても親切に、息子の注文を聞いてくれ、サービスもしてくれる。

もちろん、東京恵比寿から20年以上前に移住してきたという家族経営のレストランの人々と出会うこともある。「そうか、筆者がちょうどブラジルに渡ったころに、この家族もみなフロリダに来たのだな」と思うと、妙な親近感も沸き、話もはずむ。レストラン経営者の出身地を聞きながら、その味の傾向を話したりもする。まあ、味や値段の事を話すときには、私たちも気を遣い、家族内でポルトガル語で会話をすることにはしているが。

テネシー州では、夫と息子は、日本人のレストランで板前さんに、納豆まきなどの和食メニューを作ってもらったという。

日本人の家族に見えるのか、どこへ行っても、いろいろ質問される。いやブラジル人だというと、またいろいろと話を聞かれ、しまいには、彼らの移住の際のエピソードまで聞かされることになる。また同じ場所に行くと、そばや饅頭などのおみやげや、おむすびのおまけまでたくさん持たせてくれることもあった。こうして私たち親子は全米各地で、和食を通じて、人とのつながりができ、サポートしてくれる場所を発掘していくことになった。

さて、今年の夏の前半戦はカリフォルニア州サンディエゴ市とネバダ州ラスヴェガスに滞在した。

サンディエゴ市には、日本の大きなスーパーが二件もあり、毎日のように惣菜や食材を買い求め、宿で自分たちで調理をした。

ラスベガスには、日本食材を売るお店が何件かあり、その場でほか弁よろしくお弁当を作ってくれるので、本当に助かった。ちなみにこのお店を教えてくれたのは、息子の友達のメキシコ人のお母さんであり、お礼に好物だという雪見大福をプレゼントした。

この二つの街でのトーナメントでは、息子は試合中に、バーディーが出るたびに、おにぎりをほおばっていた。

ところで、この二つの町で息子のはまった食材に、鯖がある。焼き鯖弁当として、そしてしめ鯖寿司として大分堪能したようだ。

おもしろいことに、この焼き鯖弁当としめ鯖は同じように日系コミュニティーを抱えるブラジルではお目にかかれないものである。

その証拠に、私たちは、鯖-mackerelという言葉はアメリカですぐ覚えたが、ポルトガル語ではなんというのかいまだにわからない。ブラジルだと、焼き鯖の定位置には、チリ産のシャケがおかれているのである。息子はブラジル時代には、生まれてから何千尾のシャケをたいらげてきたのだたろうか。こいつの前世は熊だったのではないかと思うくらいの無類のサーモン好きであるが、カリフォルニアでは、まったくもってこの鯖にはまった。チリ産サーモンと米国で食べる鯖の共通点は、油ののった濃厚な味わいだといえる。

旅行の最中、突如息子は言い出した。

「やっぱり僕カリフォルニアの大学に入るよ。」

理由はなんと焼き鯖弁当やしめ鯖寿司がスーパーで簡単に手に入り、食べられる場所にあることが一番だと。

親としては、よいエンジニアリングのコースのある大学、よいゴルフプログラムのある大学、住環境のいいところ、一年中ゴルフのできる気候のよいところ、将来の就職、何かあったらすぐ駆けつけられる場所などなど、いろいろ条件を探していたのに、決め手はなんと。。。鯖かよ?

息子はポルトガル語、日本語、英語、スペイン語をまったく不自由なく使いこなし、ラテン的な人懐く明るい性格で、世界各国からの友人が多い。だから、本来ゴルフクラブを片手に、どこでも暮らしていける。

しかし、やはり彼にとって食文化は譲れないものらしい。小さいころから日本の祖父母の家で食べていた焼き海苔の香り、納豆ご飯、新鮮な刺身、揚げたて熱々のえび天、ブラジルの親戚の家でのニッポンの味満載のフェスタ、日本からのお客さんが持ってきてくれる鰻の蒲焼の味、リオの日系協会でブラジルのシュラスコパーティーの際にも出てくる、焼き鳥やおにぎり、巻き寿司やうどんの味は、コスモポリタンな彼の食文化の原点になっていたのである。

息子は笑いながら言う、「フロリダのハイスクールでは、こういう素朴な味が食べられず、だいぶ苦労したよ」と。「焼き鯖弁当としめ鯖、そしてラウンド中にも旨いシャケおにぎりの食べられるカリフォルニアの大学に行って、卒業したら、そうだな、ジャパンツアーか、アジアツアーに行きたいな、食事がおいしいから。」そして、自分がとても自然体でいられるんだと。

鯖弁当としめ鯖が自分の将来を決定づけたといっても過言ではない。胃袋で将来を決めることになるなんて-と思うが、実際のところ、人生の決断なんて案外そんなものかもれない。食文化は侮れない。好きなものは好きなのである。息子はむしろ食事を原点に、自分にとって自然で、快適な空間を探りあてたのである。常日頃性格やものの考え方が非常に西洋的、ブラジル的な息子であるが、食文化は深く日本ルーツのものに根付いていることを痛感させられた北米での夏であった。

家族写真:右から息子、筆者、夫、ロサンジェルスに住む夫の従姉妹ご夫婦 (写真提供:キタハラ高野聡美)

© 2012 Satomi Takano Kitahara

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このシリーズについて

世界各地に広がるニッケイ人の多くにとって、食はニッケイ文化への結びつきが最も強く、その伝統は長年保持されてきたました。世代を経て言葉や伝統が失われる中、食を通しての文化的つながりは今でも保たれています。

このシリーズでは、「ニッケイ食文化がニッケイのアイデンティとコミュニティに及ぼす影響」というテーマで投稿されたものを紹介します。

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執筆者について

現在は、リオデジャネイロ州立大学文学部准教授。日本語学科主任、日伯現代学術文化交流プログラムコーディネーターを務める。東京外国語大学ポルトガル・ブラジル語学科卒、筑波大学大学院修士課程地域研究研究科ラテンアメリカコース修了、日本経団連石坂泰三記念財団海外派遣奨学生、ブラジリア大学大学院社会学博士課程修了。社会学博士。リオデジャネイロ州立大学日本語学科創立メンバー。浜松市立高校インターナショナルクラス設立メンバー。国際交流基金日本語教育フェロー。在伯21年。

(2012年11月 更新)

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