アメリカでは、フォーチュンクッキーの起源についての関心が高い。フィッツアーマン・ブルーの研究に拠れば、アメリカ全域で行われるフォーチュンクッキーサービスの端緒は、第二次世界大戦直後のチャプスイレストランにあるとされる。
チャプスイはアメリカ風中華料理で、豚や鶏肉といった肉類と野菜類を炒め、スープを加えて煮た後にとろみをつけた料理だ。1945年、サンフランシスコの海軍基地に帰還したアメリカ人兵士達は、中国系チャプスイレストランでサービスに出されたフォーチュンクッキーを初めて味わった。すっかりそれを気に入った兵士達は、帰郷後に地元の中華料理店で同じ物を注文し、それが次第にカリフォルニア全体へのクッキーサービスに発展したとされる。
このエピソードは、中国系チャプスイレストランで1945年にサービスが行われているため、それが中国でのフォーチュンクッキーの考案を示唆し、クッキーのサービスをも定着させた根拠として提示されるのだが、この点、再考の余地がある。なぜなら、カリフォルニアでは既に戦前において、日本人製造のフォーチュンクッキーが、日本人が経営するチャプスイレストランへ流通していた経緯が認められるからである。
筆者は、フォーチュンクッキーの起源は江戸時代後期に遡る起源を持つ「辻占煎餅」であるとの調査成果を得ており、明治期にサンフランシスコに渡った萩原眞氏が現地で製造していた説を支持するが、このエッセイにおいてはレストランに注目し、クッキーサービスの文化的背景について考えたい。
フォーチュンクッキーのサービスは、実は日本人経営のチャプスイレストランにおいて、既に戦前には行われていた可能性が高いと見ている。ロサンゼルスの煎餅屋「ウメヤ」(1924年に創業)は、フォーチュンクッキー(辻占煎餅)を今も大量生産しているが、戦前には手焼きで日に2000個の辻占煎餅を焼き、サンタマリアからサンディエゴのレストランや小売店、フルーツスタンドなどに配送していた。中でも得意客だったのは、カリフォルニアの中心部と南部にあった120~150軒もの日系チャプスイレストランである。
中国系の人々がチャプスイレストランを始めたのは1896年頃からで、その流行はニューヨークからサンフランシスコに広がり、後に日本人も同スタイルの中華料理店経営に乗り出した。成功者を編んだ『加州人物大観』(1929)によれば、日系チャプスイレストランの嚆矢は、1917年のドラゴン・チャプスイで、同年には蝶々チャプスイも開店して成功し、共同経営者達はチャプスイキングと呼ばれた。高級店は、中華料理を日本料理の様式「会席料理」にあてはめ、美食志向と高級感を打ち出した。(写真1)
それに加えて日本料理屋が重視するところの、宴会場や舞台を配して芸者も呼べる、宴席にまつわる日本文化をも移入した。好景気時には400人もの宴会が可能と謳う、日光樓のような「高等支那料理店」や、東洋チャプスイラウンジのように洋風なカクテルラウンジを備えた店さえ登場した。(写真2 左) 一富士亭、川福、三光樓は羅府料理屋組合の会員であることから、芸妓が呼ばれる料理屋であったことが示唆される。(写真2 中央・右) 一富士亭や川福は、和食と中華の両方を提供していたようで、日系の大型チャプスイレストランは、空腹を満たす場であるだけでなく、社交、娯楽の場であり、和洋中のモダンな文化が交錯する魅力的な多文化空間であったといえる。
さて、ウメヤがクッキーを配送していたのは、そうした時代のチャプスイレストランである。では、なぜそこでフォーチュンクッキーが消費されていたのだろうか?
そもそも辻占煎餅は、日本においてはお茶屋、小料理屋、カフェーなど飲食店で、お茶受けや酒のつまみとしてサービスによく出される菓子であった。中から占いの紙片が出てくる辻占菓子は、宴席を盛り上げる小道具に使われ、芸者や酌婦といった女性を傍らに宴会をするような機会や、親しい人との語らいのきっかけに、粋筋の菓子として好まれた。
日系チャプスイレストラン全盛期、豪華なレストランで労働の後の宴会を楽しんだ日本人は主に一世の成功者達であったという。母国の宴席周辺の文化を記憶して渡米した日本人にとって、宴席に日本的な楽しみ方を移入するのは当然の発想であったのではないだろうか。多くのチャプスイレストランでのクッキーの需要は、そこで辻占煎餅のサービスが行われていたことを示していると思われる。そうでなければ、成人が多く集まり、飲酒飲食をするレストランで、頻繁に大人が占い入りの菓子を注文したということになるが、それは考えにくいことである。そうしたことから、戦前の日系チャプスイレストランでは、日本における料亭や小料理屋等でのサービス同様に、フォーチュンクッキーが茶菓子や酒肴として供されていたのではないかと考えるのである。(写真3)
© 2012 Yasuko Nakamachi
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