ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2010/10/11/little-caterpillar/

戦後の日本に育ったミックス女性の回想 -「リトルキャタピラ・イン・トレーニング」の著者 グレース・リーさんー

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初夏のリトルトーキョーのカフェで、私は初めて会う女性と待ち合わせていた。インタビューして記事を書くのが仕事の私にとって、初対面の人と会うのは珍しいことではない。むしろ、日々繰り返されているルーチンと言ってもいいほどだ。しかし、この日会うことになっていた女性との約束を殊の外、私は心待ちにしていた。理由は、その女性グレース・リーさんが書いた本「リトルキャタピラ・イン・トレーニング」にある。

グレースさんは、まだ戦争の傷が癒えない1950年、日本に生まれた。父親は米軍勤務のバージン諸島出身のアフリカ系のシビリアンエンジニア、母親は大阪の裕福な製材所の家に生まれ育った長女だった。アフリカ系アメリカ人と日本人のミックスである。

一歩家の外を出れば奇異な目を向けられることは幼いながらに自覚していた。母親側の親戚からは「お前は日本ではお嫁には行けない。仕事に就くこともできない」と言い聞かされていた。彼女は自分のことを「フリーク(化けもの)」だと思い込んでいた。

それでも、彼女は父親の加護の下に恵まれた少女時代を送っていた。「人生にリミットを設けちゃいけない。やろうと思って出来ないことなんてないんだよ」と、父は幼い娘に言い聞かせていた。しかし、グレースさんが13歳の時に大きな転機を迎えることになる。父が脳溢血で突然この世を去ったのだ。悲嘆に暮れた母は、ミックスの娘がより自然に生きられるようにと、母娘二人での渡米を決行する。しかし、母が「ユアピープル(あなたの人たち)」と呼ぶアフリカ系アメリカ人たちは、肌の色が薄いグレースさんをあくまで疎外した。彼らが「マイピープル」ではないことを痛い程に思い知ることになった彼女は、日本にもアメリカにも居場所がないと悟り、「自分自身」として生きていく覚悟を決める。

ある方の紹介でこの本の存在を知り、「リトルキャタピラ・イン・トレーニング」をグレースさん本人に送ってもらってから、私は2時間ほどで読了した。140ページのボリュームは、厚いとは言えないが薄い本でもない。短時間で読み終えたのは、それだけ彼女の「醜いアヒルの子」としての少女時代の回想に引き込まれたからだ。彼女の文章を読むだけで、その時代の風俗や風景、また彼女の家族や初恋相手が頭の中で映画のように再現された。

また、「今の日本では、アフリカ系の血が流れていることは若い人たちからは『かっこいい』こととして受け止められるのに」と、戦後の日本という「差別も偏見」も根強かった時代に生まれた幼い主人公を、いつのまにか励ましながら読み進んでいることにも気づかされた。人が生まれ落ちる時代背景も家庭環境も、偶然ではなくて必然だ。降り掛かる困難や公平とは思えない処遇からも逃げずに乗り越えていくことが「人間が成長していくこと」である。

「リトルキャタピラ」はそのことを強く感じさせてくれる。人生の途上で立ち止まっている人にも、きっと勇気を与えてくれるだろう。

そう言えば、昔、「人間の証明」という映画化もされた小説があった。中にアフリカ系男性と日本人女性の間に生まれた青年が登場する。居場所を求めてさまよう悲哀が十分に表現されていたが、あちらはあくまでフィクションである。一方、「リトルキャタピラ」のグレースさんは実在人物だ。この本は、ミックスチルドレンの実像を描いた初めての感動的な読み物と言える。実際、涙なしでは読めない場面も多い。

ところが、待ち合わせのカフェに現れたグレースさんは、いい意味で私の期待を裏切ってくれた。辛い思いをした少女の面影はない。どこまでも朗らかで明るいのだ。14歳でアメリカに渡って来てからも、さまざまな苦労を経験したはずなのに、それらをすべて乗り越え、さらに日米を股にかけて活躍するコンサルタントとなった彼女は、自信と優しさに満ちた素敵な女性だった。

プライベートではハンガリー系の男性と結婚して、孫(しかも、お孫さんは青い目でブロンド)もいる。そして、自宅のあるアリゾナと、今も元気な母親の暮らすカリフォルニアを、行ったり来たりしながら生活しているそうだ。

「リトルキャタピラ・イン・トレーニング」は自分自身を醜い毛虫だと思い込んでいた少女が、蝶となって数十年後の日本に、祖母の葬式に出席するために舞い戻って来る場面で終る。そこで、グレースさんは時代の移り変わりと共に、日本人の差別意識が薄れたことを実感するのだった。

しかし、アメリカの高校生活から一気に時代が飛んで終わりになってしまうため、「この間、グレースは一体どんなことを経験したのだろう?」と読者は好奇心に駆られてしまう。そこを本人に聞くと「今は二作目に取りかかっているところ。すごく刺激的な内容よ。成人指定にしなくてはね」と悪戯っぽく笑った。


* 「リトルキャタピラ・イン・トレーニング」に関するウェブサイト: www.Littlecaterpillar.com

* * *

全米日系人博物館では、11月13日(土)午後2時からグレース・リーさんをお招きし講演会を行います。(英語)

詳しい内容は、全米日系人博物館のウェブサイトにてご確認ください。
Janm.org/events/tateuchi/

 

© 2010 Keiko Fukuda

白人 グレース・リー ハオレ ハパ アイデンティティ 戦後 多人種からなる人々 第二次世界大戦
執筆者について

大分県出身。国際基督教大学を卒業後、東京の情報誌出版社に勤務。1992年単身渡米。日本語のコミュニティー誌の編集長を 11年。2003年フリーランスとなり、人物取材を中心に、日米の雑誌に執筆。共著書に「日本に生まれて」(阪急コミュニケーションズ刊)がある。ウェブサイト: https://angeleno.net 

(2020年7月 更新)

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