ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2010/1/8/3228/

日系就労者たちの債務超過問題が多発-経済危機からみる奥の原因-

ここ数ヶ月の間、筆者はペルー人団体や自治体の要請によって関東地区をはじめ東海地方にも出向いて講演を行ってきた。経済危機への対策というテーマが主な依頼内容だが、行政や国際交流協会からの依頼は相談窓口強化策についてであった

6月に横浜の弁護士にお願いして、通訳員や相談員たちを集めて債務超過問題について勉強会を設けた。

ペルー人や他の南米系日系人からの質疑応答やアンケートでは、異常なほど債務超過問題についての質問が多かったことが印象的だった。話を聞くと、その多くが住宅ローンや車ローンだけではなく、クレジットカードや銀行ローンカード、そしてサラ金にも手を出していることが分かった。出席者の3~4割から借金についての質問があり、その一部は自己破産を考えているという結果だった

行政の相談窓口でもこうした相談が増えているという。当然あまりにも専門的な内容なので、話を聞いてあげても対応策を助言することは難しい。何件かは会場外で詳しく話を聞くことにし、とりあえず情報を整理し、問題そのものを理解するようにしたが、自分の知識では到底把握しきれないことが多かった。

マイカーの喜びは分かるが、全てのものを手に入れることは困難。

とはいえ、こうした状況に陥った者の特徴をある程度つかむことはできた。すべてのケースに当てはまるわけではないが、多くの日系債務者は所得水準を超えたマイホームを購入しており、そのうえ案外高価な車も購入している。すべてローンであり、その支払いが苦しくなった途端、銀行のカードローンを使ったりクレジットカードで現金を借りている。どのカードにしても利子は高く、その借りた金額がそう多くなくとも毎月の支払が一回、二回遅れたり途切れていくと延滞金が累積加算され、半年、一年経つと元本の3~4割になってしまう。数十万借りた場合、それをきちんと払っていれば良いが、借りたお金で住宅や車ローンを支払い、その分所得が増えなければアッという間に債務だけが増えていくのである

経済危機の影響で、一部の日系就労者世帯の家計状況が顕在化している。しかし、当事者からのヒヤリングを冷静に分析すると、やはりずさんな家計管理もあるが、ローンで買った買い物(家、マンション、高級車、家電等)が自身の経済能力をはるかに超えていることが伺える。住宅ローンに関しては政府のマイホーム購入促進策もあって、多くの銀行は年収300~400万円ぐらいでもその金額の5倍以上の額を貸している。そこにどのようなトリックがあるのかは分からないが、ペルー人の中には所得証明書を偽造している者もいるという。世帯主だけではなく配偶者のパート収入等を加算して出しているなど、それには仲介の不動産会社がかなり大きな役割を果たしているという。スペイン語のフリーペーパー等に広告を出しているのはいつも同じ業者であり、誰もが飛びつくような内容ばかりである。

健全な貯蓄習慣を身につけなくてはならない。

筆者は、もう7~8年前からこのことを危惧しており、スペイン語新聞や自身のサイトを通じて住宅ローンの鉄則である「年収5倍の価格」、「頭金20~30%」、「家計への月額ローン負担を25~30%以内」というふうに伝えてきた。しかし、アメリカで発生したサブプライム問題と同様の問題が、この日本のラティーノ社会でも起きているのだ。どうみても払える金額ではなく、彼たちの年間平均所得が350万円以下であるのに対して、ほぼ3千万円相当の家を購入しているケースが目立つ。そのうえ、家具や家電はクレジットカードで買い、車も150~200万円のものを買う傾向がある。貸す方にも当然責任があるかもしれないが、住宅以外の個別の買い物をみる限り当然支払い能力はあると判断されてしまう。

こうした世帯は弁護士や司法書士の力を借りて債務編成をしたり、さらに最悪の場合は自己破産手続を行なっている。また、自己破産はそう簡単な手続ではなく、相当の資料を提出するだけではなく公的債務(税金、国民健康保険料等)は免除されないのである。ここではラテンの楽観的な考えは通用せず、むしろ自分の子供たちの世代にまで借金を残すことになるケースまで発生している

経済危機は、堅実な家計運営の必要性と重要性を、教訓として与えている。

注釈 
1. 横浜、名古屋、神奈川県の大和市と秦野市、栃木県の宇都宮、群馬県の伊勢崎市、静岡の浜松市等で講演を行ない、日本での生活に関わる相談会に近い形の講演を行なった。今回は、ペルー人たち自らが企画したものも多く、その要望に応じたものであるが、これも彼たちの危機意識を物語っている。
2. 質問票を回収した結果の内容であり、どの都市でも同じような状況であった。
3. 住宅ローンの年金利は2~3%ぐらいだが、前期間(30~35年)固定だと4~5%である。車の場合は、6~8年のローンで年間4~6%である。しかし、クレジットカードだと分割払いの買い物で12~15%、キャッシングした場合は7~15%であり、それが未払いになると延滞利益率(30%以上)が加算されていく。悪質な消費者金融に借りると金利がもっと高いだけではなく、一ヶ月でも未払いになると法外なペナリティー金利が加算され雪だるま式に借金が増える仕組みになっている。
4. 専門家に相談している世帯主はまだ救いがあるが、このような状態になったことで家庭が崩壊し、妻が家出したり、成人になりつつある子供たちが借金を背負う羽目になっている世帯もある(連帯責任はないのだが、親の意向で高校にも進学せず働きに出ている若者もいる)。

© 2009 Alberto J. Matsumoto

このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

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