ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2010/01/21/

日本の日系人:本国に帰るのか、日本に残るのか

経済危機に対する政府の対策はかなり早かったが、経済そのものの回復は同じペースには行かないようだ。なんせ、つくりすぎた車や家電、その在庫調整だけでも一年以上はかかるという。政権交代後は、前政権の補正予算見直しが行なわれ、2010年度予算に対してもこれまでとは異なった基準で編成されつつある現在、国全体が何となく「様子見」という状況にある。

日本政府の支援で帰国したものは今後3年間は同じ在留資格では再入国できないとなあっているが、自費で帰国したものはまた日本に戻ってくる可能性も多いにある。

失業、または契約が更新されなかった南米系日系就労者たちは今のところ雇用保険を受給したり、短期・臨時雇用に就いたりして何とか生計を維持している。とはいえ、日系就業人口25万人すべてが職を失ったわけでもなければ、ホームレースになったわけでもない。多くは雇用保険を受給し、政府の支援の対象になっており、やむを得ない状況に陥ったものは帰国支援事業によって本国に帰っている

ここ数ヶ月の外国人相談研修等を通じて行なったヒヤリングやアンケートによると、ペルー人をはじめその他スペイン語圏(ボリビア、パラグアイ、アルゼンチン等)の日系人は「自分たちは本国に帰りたくない」と答える人が多い。できれば日本に残り、日本で頑張りたいと願っている。その理由は様々であるが、下記に代表的な回答をいくつか挙げてみた。

1)平均の滞在歴が10年以上である。
2)本国から家族を呼び寄せているか、日本で家庭を築いている。
3)子供たちが日本の公教育を受けている。
  戻っても本国での教育制度に適応しない懸念がある。
4)本国に戻っても仕事があるか分からない。
  仕事に就けても日本で得ていた収入に相当する賃金は見込めない。
5)本国に戻っても自分たち自身が適応できるか心配である。
6)帰国した同胞が小規模商売に挑戦してきたが殆どが失敗に終わっている。
  貯蓄がもうあまりないため、本国でビジネスする資金はない。

このような回答を見ると、日本での将来設計に不安を隠せない部分はありながらも、本国へ戻るとなると相当の覚悟が必要になることも心得ているようだ。

他方、今の経済状況の中、いかなる職にも就けず、精神的にもかなりまいっている日系人もいる、というのも事実である。そうした人たちにとっては日本政府が制定した帰国支援事業は一つの選択である。再入国が3年間できないだけではなく、今取得している在留資格では今後入国できないという制限規定が設けられているが、それが公的資金を受ける条件になっているのだ。この制度に対する賛否両論はあるが、2009年6月現在で、エスニックメディアの報道によると、この制度によって帰国したプラジル人が5千人以上、ペルー人が200人を超えているという。その他、実費で2008年末から帰国しているものも相当いるとされ、プラジル人が3万人程度、ペルー人が数千人という推計である。

いずれにしてもプラジル人31万人(2008年12月現在)の内15%ぐらいが公費・私費で帰国していることになる。ペルー人約6万人に関しては、公費では1%にも満たず、私費で帰国した者を含めても5%にも満たない。また、半分に相当する約3万人が永住者であるため、帰国してもほとんどが再入国許可を得ていると思われる。その一部はまた日本に戻ってくる可能性も高い。

本国に帰国しても、ブラジルもペルーも、ここ10数年の間大きく変化し、デカセギ日系人が後にした祖国とはかなり異なる。戻っても、良い仕事に就くことは困難であり、起業しても成功するとは限らない。本国の経済も変わり、競争概念や生産性については日本以上に厳しく、小規模ビジネスも今や過当競争状態か、大手のチェーン店等に押しつぶされてしまっている。これまでの日本での稼ぎで堅実にお金を貯め、出身国に2、3の物件を購入し賃貸収入でもあるのであれば、ある程度余裕を持って帰国し再起を図ることができるが、そうした人以外は日本の生活水準より低い生活を送ることになるかも知れない。

リマのラマール・ショッピングモール。このようなモールが次から次に建設され、購買力も高くなっているが物価も高い。

たが日本に残る場合は、これまで以上に生活や就労に必要な日本語(会話中心で良いのだが)をマスターし、社会の諸制度をきちんと理解し、年金や税の負担遵守を履行せねばならない。また、子弟の教育についてももっと真剣に取り組み、子供たちと共に社会に溶け込んでいく必要がある。簡単なことではないが、日本社会での可能性を自分のものにしたいのであれば、また子弟に将来を託したいのであれば、そうした選択しかないのである。移民一世の宿命であり、努力と忍耐は必須条件である。

そして危機後の労働市場も少なからず変化し、これまでと同様の方法で派遣会社のみに職を確保してもらうことは難しくなってくる。日系就労者世帯の平均年齢も高くなってきており、以前のように肉体労働で比較的いい賃金を得ることも難しくなっている。そのうえ日本語能力が低いとなるとサービス部門(清掃や熟練度の低い労働)の低賃金労働しかない。マイホームや車をローンで購入している世帯が30%~40%はいるとされているが、今後は家計運営にも大きく影響するだろう。

危機を機にこれまでの生き方や就労形態等すべて見直す時期にきているようだ。本国に帰るにしても、日本に残るにしても相当の覚悟が必要であり、これまでにはない堅実な家計設計が求められている

定番のcebicheだが、プレゼンテーションも良くなり、一皿に数種類のcebicheを味わうことができる店もたくさんある。

注釈
1. この段階で日本はまだ5%台であり、日系就労者が集住している一部の地域ではかなり深刻であるが(メディアによると10%~12%という推計)統計上はそう高くない。それに、雇用保険の受給、公営住宅の支給、就労準備研修事業(日本語研修)等、公的援助が実施されている。派遣会社も生き残りをかけて必死でこれまでとは異なった業種の派遣先を探しており、すこしずつだが求人を確保している。
2. 2009年10月頃入手した統計によると、ブラジル人12.763名、ペルー人474名、ボリビア人142名、パラグアイ人49名、アルゼンチン人40名等がこの帰国支援事業を申請している。合計12.763名であるが、9月20日までには9.558名が出国していることが確認されている。
3. ブラジルは新興国グループBRICsの一員として高い注目を浴びており、南米では不動の地位を獲得している。ペルーもここ数年の経済成長は目覚ましく、鉱物資源等の順調な輸出増によって所得も購買力も高まっている。
4. 政権を奪回しようとしている民主党は労働者派遣法の改正を提言しており、製造業への派遣禁止を求めている。もしそうなれば、日系就労者をはじめ多くの外国人労働者が大きな打撃を受けることになる。
5. 前号のコラム「日系就労者たちの債務超過問題が多発-経済危機からみる奥の原因-」を参照。

© 2010 Alberto J. Matsumoto

ペルー ブラジル 出稼ぎ 在日日系人 外国人労働者 経済
このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

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