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https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2008/06/25/

日系人子弟の未就学問題は義務教育を適用すること

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日本の外国人子弟の教育問題の背景

中南米系の日系人が出稼ぎ者として来日し始めてから、ほぼ20年が経つ。在日外国人の人口210万人のうち、移民となりつつあるのが38万人であ る。多くが本国の家族を呼び又は日本で家庭を築き、外国人登録の統計をみても、5歳から14歳のラティーノ日系人は約4万人(ブラジル国籍が29.000 人、ペルー国籍が8.000人)で、15歳から19歳のブラジル人の場合はさらに2万人弱、ペルー人は3千人以上となっている。

彼らは、当然日本の公立、または私立校に通い、義務教育を受けているわけだが、不就学の児童・生徒が平均で20%を超えている。外国人が居住する都 市の調査や、識者による推定でも、この割合は中学、高校になるとさらに高く、前者で平均40~50%、後者で70%~80%と言われている。義務教育も終 えていない生徒が半分近くいることになるが、これは同じ南米系でも、ブラジル国籍の方がペルー人よりも深刻である。ブラジル以外の南米の国籍を持つ日系人 の場合は、基本的に中学卒業率は、8割ほどだとされている1

しかし、共通しているのは、高校に進学しても卒業率は極めて低く、多くが非熟練の労働市場に入っていくか、一部は何の目的意識もなく家庭でも浮いた存在になり非行に走ることである。

南米では教育によって社会進出を遂げてきたという評判の高い日系人たちだが、日本に逆移住してきたその日系人の子弟がなぜこのような状況にあるのか 理解しがたい、という声もよく聞く。たしかに、南米に移住した日本人は苦難の中、不毛な土地を開拓し、偏見や差別を乗越え、数多くの功績を残し、全般的に 見ても中流階級以上の生活をしている世帯が多い。しかし、南米であることには変わらず、世界で最も格差が激しい地域であり、富の配分を図るジニ係数でも 50から60ポイント(一部の高所得者層が富の5〜6割を支配している)の数値である。非識字率も平均10%で(アルゼンチンが最も低く約3%だが、他は 5%から15%で、中米諸国の一部は20%を超えている。ユネスコの統計によれば3.800万人が読み書き出来ない)、中等教育就学率も67%で実際再履 修者や中退者を入れると、その率がさらに低くなる国や地域、階層もある。大学を卒業しても就職できない若者は半分以上で 、そうした構造的な問題が日本で就労、生活している南米系移民にも少なからず反映していることを忘れてはならない。

なぜ日本の教育をきちんと受けないのか

日本では、憲法26条に定められている義務教育の対象は「日本国民のみ」という解釈であるため、外国人には適用されず、希望者のみに各地の教育委員 会が学校への受け入れを実施している。戦後、在日韓国人等への配慮政策の一環として行われたようだが、日本政府の対応は明らかに国際人権規約やこどもの権 利条約等に違反している。移民として外国人を受け入れている以上、国家としての義務を履行すべきである。

外国人子弟の教育の機会は権利でもあり、義務でもある。中南米を含む諸外国では、このような義務に背く親は処罰される。今のように、一部の民族系学 校を例外的に扱うことで他の外国人にもそれを適応するのではなく、基本的に日本人と同様に日本の教育制度に組み込むことが優先課題である。

義務教育を実際担っている自治体は、外国人子弟に対して任意にではあるものの、さまざまな方法で教育を受ける権利をサポートしてきた。「もしよかっ たら、日本の学校に来ても良いのですよ」という低姿勢の対応ではあるが、国際交流協会や市民団体を介して日本の教育制度について情報提供を行ない、日本語 教室等を開講してきた。が、いずれも積極性や一貫性に欠けており、限られた財源も広範囲に配分するだけで効果は薄く、制度外の側面支援でしかない。文科省 も近年になってようやく実態調査やカウンセラーの派遣、校内での補習講座などに予算を設けるようになった。しかし、法的にも政策的にも外国人児童・生徒は 義務教育の対象になっていないため、その保護者もその責務を十分に自覚していないのが実状だ。

曖昧な基準と現場の不安が日系人子弟の不就学問題を悪化させ、これに出稼ぎ感覚から抜けだせない親の意識、不安定雇用による将来設計の困難さ、異文化児童の受け入れに慣れていない日本の学校の準備不足等が、日本という教育先進国で残念な結果を招いている 。具体的かつ現実的な移民政策がないというのも当然影響している。

余計な配慮政策より母語確立を

筆者はアルゼンチンという移民社会で産まれ育ち、幼稚園から学校が社会との接点で、学校を通じて社会の特徴や価値体系、文化や風習を学び、家庭で日 本語を使用してきた。日本語の私塾に6年間通ったにもかかわらず、スペイン語を母語にしてきた。親の言語は文化的・民族的に継承言語であるかも知れない が、学習と成長に必要な母語を確立しない限りは、その社会で大学への進学、社会での活躍を果たすことはできないと痛感している。移民が母語を確立する過程 では、当然家庭内でも摩擦が生じ、親とのコミュニケーションが困難になるなど、アイデンティティの矛盾も味わう。社会から孤立しないため、他の生徒より母 語(筆者の場合はスペイン語)を身につけ、アルゼンチン人よりアルゼンチン人らしく振る舞うようになる。とはいえ、東洋系であることには変わりなく、限界 も出てくる。それでも、社会の一員になるために必死で「信頼」を勝ち取るのが移民二世の宿命である。

時代も変わり、以前のような同化政策はなく多文化的な要素を尊重しながら移民の社会統合を実施していく風潮が今の傾向である。フランス、ドイツ、イ ギリス、スペイン等の例を見ると、移民にその国の国籍も取得し易いようにしているが、社会的にはあまり改善されていない面が多く見られる。これを考える と、移民を特別配慮しても、移民先の言語や文化、教育制度の恩恵を受けられるようにしない限り、社会進出は疎か親の世代(移民一世)より底辺に留まってし まい、社会から疎外されてしまう移民二世が増えてしまう可能性が高まってしまう。

30年ほど前まで移民の送り出し国家だったスペインは、今や北アフリカをはじめ同じ文化圏である中南米諸国からかなりの移民を受け入れている。その 数は在留資格を得ているだけでも115万人に上る。これは、全外国人人口の四分の一である。同じスペイン語圏からやってきたとはいえ、中南米系移民の不就 学や不登校、高卒率の低さは問題となっている。スペイン政府も様々な支援策を行なっているが、すべて義務教育という制度の中で実施している。移民統合政策 を推し進める中で全般の予算も増加しているが、その分「スペイン社会共通の価値を尊重することが共存の条件である」とサパテロ社会労働党政権二期目のコル バチョ労働•移民大臣は就任式で述べている

日本にはそうした明確なビジョンがなく、場当たり的なものが目立ち、積極性がみられない。異なった文化圏のもの、日本語以外の言語を話すもの、考え方が根 本的に異なるものを受け入れるということは、相当の覚悟と予算、忍耐と継続的かつ効果的支援が必要であり、当然移民にも相当の努力と協力も必要である。日 本はこれまで外国人労働者を単なる便利な労働力とのみ見ていたという経緯があり、今こそ、安易な認識を改めるべき時だと言える。
義務教育も受けていない移民の子弟は、ほぼ確実に半永久的に社会の底辺に留まり、妬みと劣等感は社会不安と治安の悪化を招く(このことは日本人も同様である)。それだけではなく、底辺同士で新たな対立と暴力を生み、フランスのような暴動を招くことになってしまう。
日本には日本なりの厳しさと寛容さがあり、以前から諸外国の文化や人材を上手く取り入れ、それを社会の活力と変革のきっかけにしてきた。海外に移民した 日本人も輝かしい功績をたくさん残しており、日本人という信頼を不動のものにしてきた。今度は、日本が日本にいる外国人、それも以前海外へ移民した同胞の 子孫の一部をきちんと受け入れ育てる番である。日本にはない多様な能力を引き出す機会を与えてほしいものだ。ただ、これ以上時間の猶予はなく、手遅れにな らないことを願うのみである。

注釈:
1.自治体や集住都市会議の調査だと把握されている小学校の未就学は7%~10%ぐらいだが、市役所での住所変更届をしていない外国人世帯が少なくとも 2~3割存在するといわれているため、就学年齢の児童数さえ把握できない状態にある。また、ブラジル人の場合7千〜8千人(義務教育年齢の3割弱)が私塾 である「ブラジル人学校」に通っており、現在全国に90校あまりある。その半分はブラジル教育省の認可も受けている。ペルー人の場合、スペイン語学校が全 国に3校ほど存在している。「各種学校」の認定を受けている静岡県浜松市にあるムンド・デ•アレグリア学校が注目されている。http://www.mundodealegria.org/?menu=2

2.大卒の多くが就職できず、出来たとしても専門外の低賃金に就くことは珍しくない。法学、工学、建築学士号を修得しても、タクシーの運転手やキヨスクを経営している「プロフェッショナル」は数えきれないのである。

3.日本人の義務教育はほぼ100%、高卒率は96%、そして大学進学率は52%である。にも関わらず、外国人児童や生徒、学生は非常に低い進学率・卒業率しか達成していない。

4.2008年3月の就任式記者会見スピーチより引用。5月にはこの2007年/2010年戦略プランを発表し、ここでは移民の社会 統合、移民の教育、不法上陸者の一時滞在及び本国送還、移民の雇用創出及び職業訓練等が盛り込まれているが20億ユーロ(3.200億円相当)という予算 を設け、真剣にこうした課題に取り組もうとしていることが政策的にも伺える。 http://www.mtas.es/migraciones/Integracion/PlanEstrategico/indice.htm

参考資料
宮島 喬/太田晴雄『編」「外国人の子どもと日本の教育〜不就学問題と多文化共生の課題」(第4章:「家族は子どもの教育にどうかかわる」著:イシカワ エウニセ アケミ、第5章:「日本の学校とエスニック学校」著:山脇千賀子)、東京大学出版、2007年6月。

佐久間 幸正 「外国人の子どもの不就学〜異文化に開かれた教育とは」、勁草書房、2006年9月。

© 2008 Alberto J. Matsumoto

このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

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