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二世パラグアイ人の日本語教育(スペイン語)

(スペイン語) 私たちパラグアイの二世のほとんどは日本語を話します。多分、私たちのコミュニティは新しく、親たちが日本語教育に力を入れていたからだと思います。移住地や首都アスンシオンでも、一世たちの間で(子供たちに)日本の教育を受けさせたいという強い思いがありましたからね。だから私たちは小学生になると日本式教育を受けます。最近では教育の期間が高校生にまで伸びたせいか、例えば、日本語演説の大きなコンクール、いわゆる「弁論大会」では、日本語で雄弁に語る人がたくさんいるんです。スペイン語はそれほどでもないのに。おかしな話ですよね。そのせいかパラグアイの二世は日本人みたいだってよく言われるんです。でも、他の国の二世は、もっと一般社会や地域社会に溶け込んでいるようですね。パラグアイの三世をみても二世とかなり違いますし、まだ子供である四世も違いますよ。この違いこそが、パラグアイの日本人や二世の主な特徴だと思います。


アスンシオン 弁論大会(イベント) ハワイ アイデンティティ 日系アメリカ人 日本語 言語 日系 パラグアイ アメリカ合衆国

日付: 2005年10月7日

場所: 米国、カリフォルニア州

インタビュアー: アン・カネコ

提供: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

語り手のプロフィール

「エミ」の名で知られるエミリア・ユミ・笠松女史は、パラグアイの最初の日本人移住地であるラ・コルメナで生まれ育ちました。彼女の父はその移住地の創設者で、管理者でもありました。彼女は幼少時を深い愛に満ちた心で思い出します。その頃受けた日本の教育はパラグアイの教育が混じったもので、厳しい規律の中で育ちました。未来の人生の希望や計画の基礎は幼少時にはぐくまれました。そして、今パラグアイの首都でそれらを実行しています。 笠松女史は国立アスンシオン大学哲文学部と同大学院を卒業しました。その後、パラグアイやアメリカ大陸の日本人移民について多くの本をスペイン語で出版し、それらは英語や日本語に訳されています。彼女の著書には、『パラグアイの日本人』(1987)、『パンアメリカ日系協会の歴史・アメリカ大陸の日本人の存在と移民』スペイン語と英語版 (2005)、アケミ・キクムラ編 『New World, New Lives』(2002) (日本語版: 『日系人とグローバリゼーション』(2006)) と『Encyclopedia of Japanese Descendants in the Ameircas』(2002) (日本語版:『アメリカ大陸日系人百科事典』)などがあります。 笠松女史はCentro Social de Beneficencia Japonesa en el Paraguay(パラグアイ日系社会福祉協議会)の会長(2006~2008)と、Asociación Paraguayo Japonesa(パラグアイ日本人会」の第一副会長(2005~2008)を務めています。又、パラグアイ日系二世の団体であるCentro Nikkei Paraguayo(パラグアイ日系センター)の館長、第6回パンアメリカ日系大会の議長、パンアメリカ日系協会のパラグアイ代表(1987~2007)などを歴任されました。現在は「人造りセンター」副館長で、学術文化コーディネーターの役割を担っています。(2007年5月23日)

Sabrina Shizue McKenna
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サブリナ・シズエ・マケナ

カミングアウトが家族に与えた影響

(1957年生まれ) ハワイ州最高裁判所判事。

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