ディスカバー・ニッケイ

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サンフランシスコ初のボーイスカウト隊

日本人コミュニティ、もちろん教会、金光教はボーイスカウトを後援し、ボーイスカウトのプログラムを始めたばかりでした。私たちは最初のボーイスカウト、またはカブスカウトでした。ボーイスカウトにはキャンプに行くなど、素晴らしいプログラムがありました。私たちには非常に良い父兄会があり、彼らは私たちを100%サポートしてくれました。ユニフォーム、装備、交通手段、パーティーなどすべてを彼らが用意してくれました。

私たちにはサンフランシスコでとても有名な素晴らしいドラムとラッパの隊がありました。そして、あらゆる種類のパーティーやパレードで行進していました。たくさんの賞も受賞しました。バスケットボールのチームも素晴らしかったです。バスケットボールのチームは 3 つありました。そして、ユニフォームは、オリンピックで使われたものと同じでした。赤、白、青のユニフォームで、トップスは白、白か赤でしたよね? それから、スウェットスーツを着ていましたが、これも素敵でした。私たちは一流でした。だから、みんな私たちの隊に入りたがったのです。私たちにはこれらすべてがあったから、みんなが私たちの隊に入りたがったのです...


日付: 2019年9月20日

場所: 米国、カリフォルニア州

インタビュアー: トム・イケダ、西村 陽子

提供: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

語り手のプロフィール

ジョージ・カズハル・ナガヌマは、1938年にペルーのリマで一世の両親のもとに生まれました。第二次世界大戦中、家族は船に乗らざるを得ず、テキサス州クリスタルシティに収容されました。戦争が終わった後も、彼らは行くところもなくそこに留まりました。カリフォルニア州サンフランシスコの牧師の援助により、彼らは脱出することができ、そこで仕事と住居を見つけることができました。ジョージはサンフランシスコでボーイスカウトに参加し、部隊とともに日本を訪問することができました。彼はアメリカ陸軍に入隊し、事務タイピストとして働きました。 (2020年6月)

ジェームス・ヒラバヤシ

演劇とのかかわり (英語)

(1926 - 2012) 文化人類学者。学問として民族研究学科を設立した第1人者

田中誠一

開拓精神へ捧げる(英語)

新一世。北米和太鼓の第一人者。1968年にサンフランシスコ太鼓道場を設立。(1943年生)

ジミー・ナガヌマ

戦後のスポンサー(英語)

クリスタルシティに収容された日系ペルー人(1936年生)