(英語)私はハリウッド大通りで働いていました。私たちに裁縫やいろんな種類の縫い方を教えてくれていたマネージャーのボーソンさんが仕立屋を始めることになり、15人の縫い子の中から私に声をかけてくれました。「ミコ、うちで働いてみないか?」と言われて「もちろんです」と答えました。そしてボーソンさんは店を出しました。仕立て方の知識は全くないことを伝えると、「教えるよ」と言ってくれて、専門的な知識や縫い方、紳士用スーツの仕立て方も全て教えてくれました。とても勉強になりました。店は開店したばかりであまり忙しくなかったので、私はお店の開店を知らせるハガキを送ったりしていました。
6か月ほど経っても暇だったので、私は通り向かいのグローマンズ・チャイニーズ・シアターで働き始めました。そこでもほとんど何もすることがなく退屈だったので、サンセット・ストリップでオーダーメイドの縫製を始めました。ある女性に依頼されて特注で作るようになり、縫い方やいろんなものの作り方、何をどうすべきかなど、多くを学びました。収容所で学んだ製図や型紙の作成技術は、彼女にとても喜ばれました。一人ひとり採寸し、映画スターの服もたくさん手がけました。あの地域にはスターが大勢住んでいましたからね。オーダーメイドの縫製をしていたのは2年くらいです。彼女のところもそんなに忙しくありませんでした。私は忙しくないと退屈してしまうんです。
日付: 2018年6月1日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: アキラ・ボック
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター