捕虜交換船で戻ってきた父

名前の由来 パナマで幼稚園に通う 捕虜交換船で戻ってきた父 ハリーとの出会い 国際結婚について まさおさん アメリカへ移住することへの葛藤 二つの国に忠誠は尽くせない 5歳の娘の意思を尊重 アメリカへの移住して良かったこと

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

父はあんまりうちで話さなかったですね。いつでも何か書いたり、お客様が見えたりして、父と一緒に何か・・・家庭の団欒っていうのが余りなかったですね。とっても忙しい人でしたから。もういつでも彼はあっちに行き、こっちに行き、うちにいればお客様が見えたし。だからあんまり、父とあんまり座って話したという記憶はあんまりないんですけれども・・・。

えっと、彼が囚われて、アメリカに囚われて、それから交換船で帰ってきたっていうことは、みんな家族が全部、横浜の港まで迎えに行って。それでもですよ、ただ会った瞬間にもう彼はどこかに連れて行かれちゃって、お迎えに来た他の偉い方たちに連れて行かれちゃって、それっきりなんです。だから交換船で帰ってきたときに、皆が集まって写真を撮るというんで、みんな家族の人たちがデッキに座って、集まっているけれど、肝心の父がいないんです。彼はどこかに行って、他の人と話したり、何かして。それが、その写真がうちにあるんですけれど、肝心の父がいなんです。(笑)

日付: 2012年1月26日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: ジョン・エサキ、西村 陽子
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

exchange ship gripsholm yokohama Yoshitaro Amano

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