ディスカバー・ニッケイ

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サンタ・アニタ強制収容所医療チームへの参加 (英語)

(英語) 自分がどうなるのか、先が全く見えませんでした。私は悲観して泣いたり、文句を言うばかりでしたが、ある日意を決して、競馬場の屋外観覧席だった場所に置かれた医療班に行ってみることにしました。そこで、約8年の医療経験のあるフジカワ医師とコバヤシ医師に会ったのです。私は、カリフォルニアとイリノイの医師免許を持っていることを伝え、一緒に働かせてもらえるよう頼みました。そして皮膚科の治療に当たることになりました。でも、皮膚疾患を治療するものはそこには何もなかったので、診察済みの皮膚疾患のある患者の肌には、マゼンタ・バイオレット、紫色の絵具をつけただけでした。収容所の人たちで肌に紫色が塗られている人は、私が診察したということがわかるだけでした。そんな状況だったので、皮膚科では何の治療もできませんでしたし、せっかく医学校を卒業し、医師免許もあるのだから、きちんとした医療を行いたいと思いました。そして、皮膚科以外の治療もさせてもらえることになったのです。


カリフォルニア州 サンタ・アニタ強制収容所 一時拘置所 アメリカ合衆国 第二次世界大戦 第二次世界大戦下の収容所

日付: 2005年3月31日

場所: 米国、カリフォルニア州

インタビュアー: グウェン・ジェンセン

提供: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

語り手のプロフィール

サヤカ・シゲカワ医師は、1913年1月6日、カリフォルニア州サウス・パサデナに生まれました。幼少期に両肺肺炎を患った父を見舞った時に、医師や看護師と知り合い、自らも医師になることを決意します。シゲカワ医師は、南カリフォルニア大学(USC)医学部準備教育課程を経て、ストリッチ・ロヨラ・メディカルスクールに入学しました。シゲカワ医師は、入学した女子医学生4名の中の1人でした。教授や同僚による性差別に負けず、学業に勤しんだシゲカワ医師は、卒業後ロサンゼルスで医師として働き始めました。

しかしながら、1942年3月1日、シゲカワ医師は、旧競馬場だったサンタ・アニタ強制収容所へ初期の収容者の1人として収容されました。ノーマン・コバヤシ医師とフレッド・フジカワ医師による誘いを受けて、シゲカワ医師は収容所内で患者の治療を始めました。シゲカワ医師は、強制収容されたことが苦痛となり、精神的に落ち込んでいましたが、医療に従事することで救われたのです。当初、彼女に許されたのは皮膚の治療だけでしたが、しばらくして、産科や他の医療にも携わるようになりました。

戦後、彼女は医師として働き続け、医院を開業し、現在も同じ場所で医師として働いています。産科医となった39年の間で、シゲカワ医師は2万人以上の赤ちゃんを取り上げ、その全ての母親の命も守りました。シゲカワ医師は、2013年10月18日、100歳で亡くなりました。(2020年4月)

ユリ・コチヤマ

集合センターの状況(英語)

公民権運動の政治活動家(1922年-2014年)

グレース・ウエハラ

収容所の補償運動の達成と教育(英語)

(1919 - 2014年)日系アメリカ人の強制収容所に対する補償運動や公民権運動で活躍した活動家。

ワカコ・ヤマウチ

真珠湾攻撃後のカリフォルニア州オーシャンサイドでの日系アメリカ人学生としての経験(英語)

アーティスト・劇作家。(1924 - 2018年)

ロイ・H・マツモト

サンタ・アニタ集合センターでの生活状況(英語)

カリフォルニア出身の二世。第2次大戦中は、MIS(陸軍情報部)としてメリル襲撃隊にて活躍。(1913年生)

フランク・ヤマサキ

ピュアラップ集合センターで失った青年期の能天気さ(英語)

ワシントン州出身の二世。戦時中徴兵拒否。(1923年生)

フランク・ヤマサキ

ほこりだらけのミニドカ収容所の記憶(英語)

ワシントン州出身の二世。戦時中徴兵拒否。(1923年生)

フランク・ヤマサキ

徴兵拒否の決意(英語)

ワシントン州出身の二世。戦時中徴兵拒否。(1923年生)

アリス・スミダ

テンサイ農場で学んだ農作業(英語)

アメリカ最大のグラジオラス球根農園の設立者 (1914-2018)

ポール・テラサキ

提供された腎臓をレシピエントへ輸送するために必要な処置(英語)

組織移植・臓器移植の分野においての医療研究の第一人者。(1929年生)

ポール・テラサキ

移植後の患者の経過を調べるための登録システムを作成(英語)

組織移植・臓器移植の分野においての医療研究の第一人者。(1929年生)

ポール・テラサキ

組織タイピング(適合性検査)と血液検査を使っての実父確定検査(英語)

組織移植・臓器移植の分野においての医療研究の第一人者。(1929年生)

ポール・テラサキ

組織タイピング(適合性検査)に必要なHLA(組織適合抗原)タイプを調べるためのトレイ(英語)

組織移植・臓器移植の分野においての医療研究の第一人者。(1929年生)

ポール・テラサキ

HLA(組織適合抗原)タイプと移植史に関する本(英語)

組織移植・臓器移植の分野においての医療研究の第一人者。(1929年生)

ポール・テラサキ

最も重要な功績としてマイクロテストの開発 (英語)

組織移植・臓器移植の分野においての医療研究の第一人者。(1929年生)

ポール・テラサキ

移植成功率を高めるために必要な継続的な努力(英語)

組織移植・臓器移植の分野においての医療研究の第一人者。(1929年生)