一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

1960年前後全米を自動車で駆けめぐり、日本人移民一世の足跡を訪ね「米國日系人百年史~発展人士録」にまとめた加藤新一。広島出身でカリフォルニアへ渡り、太平洋戦争前後は日米で記者となった。自身は原爆の難を逃れながらも弟と妹を失い、晩年は平和運動に邁進。日米をまたにかけたその精力的な人生行路を追ってみる。

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第13回 父に呼ばれてカリフォルニアへ

加藤新一の父、松次郎の渡米後の足跡を追ってみよう。1900年、松次郎が日本のどの港から出て、アメリカのどこに上陸したのかは定かではない。

新一本人が、「米國日系人百年史」のなかで記した自らのプロフィールでは、松次郎は渡米後「中加フレスノで日本飲食店、後ちパレヤで農業を営み、……」とある。しかし、甥の吉田順治さんによれば、「最初は、どこか鉄道工事の飯場のようなところで、コックをしていたと聞いたことがある」という。

その期間が短かったから加藤は、父の経歴を省略したのかもしれないが、日本からの出稼ぎ移民が鉄道工事の現場で働いたのはよくあることで、その中には当然、北米への移民第一県の広島出身者...

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第7回 81歳で故郷広島に永眠

中国新聞の連載記事「原爆と中国新聞」(2012年3月〜5月)によれば、広島に原爆が落とされた当時、加藤新一は中国新聞記者の報道部長で、被爆当日市内を歩き回り、一ヵ月後には広島入りしたアメリカの調査団に同行した赤十字駐日首席代表のマルセル・ジュノー博士の通訳兼案内係として廃墟の被爆地を回ったことが分かった。

彼はそこで何を見て、どう思ったのか。またそれが、後の彼の人生に何か影響を及ぼしたのだろうか。さらに詳しく知りたいと思った私は、連載記事に署名のあった編集委員の西本雅実氏に連絡をとり尋ねてみることにした。

私はフリーランスとはいえ、西本氏とは同業者であり、本来ただ情報をもらおうというのは図々しい話ではある。しかし...

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第6回 原爆投下時に記者として

ある人物について、詳しく知ろうとするならまず親族にあたるのが常道だろう。加藤新一については、彼が執筆・編集した「米國日系人百年史」のなかの自身のプロフィールのなかに、妻と子についての記載がある。妻はすでに他界されているだろうから、「一子」として紹介されている「ケネス直」についてあたってみることにした。

生まれは、日本かアメリカかわからないが、ケネスというのが英語名で直が日本語名だと思われるケネスは、広島の名門私立である修道学園高校を卒業している。この学校は、1725(享保10)年に広島藩五代藩主浅野吉長が開いた藩校「講学所」に端を発している。現在では、中高一貫の修道中学・高校のほか広島修道大学も有している。

ケネ...

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第5回 日米を股にかけて活動

1900年から1961年まで   

1961年に出版の「米國日系人百年史〜発展人士録」をもとに翌62年日本で出版された「アメリカ移民百年史」で、著者として加藤新一は「はしがき」のなかで、自分自身について、1916年中学に入ったばかりで、父親に父に呼び寄せられ、アメリカ本土にわたったと書いている。

(日米)開戦当時は、ロサンゼルスの米国産業日報編集長の職にあり、すぐに抑留されたが1942年の夏に、第一次交換船で日本に帰国。これは自身の希望でもあったという。そして日本では「戦中戦後の最も困難な時代に内地で新聞人生活を体験、一九五三年再渡米し現在に及んでいる」と記している。

まとめると、加藤は日本で生まれたが、中学で...

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第4回 一世への敬意と日本人としての誇り 

「加藤新一」で検索してみると

アメリカ本土への日系移民の足跡を取材し、「米國日系人百年史」にまとめた加藤新一が、全米を単独で車で走り回ったことはわかったが、詳しい旅の内容はこの本のあとがきではわからなかった。彼がほかに書いたものはないだろうか。そう考えてまずあたったのが、インターネットだ。

加藤新一という名前と「百年史」など関連する言葉をもとに、検索してみると、彼には「アメリカ移民百年史」という上中下3冊にわたる著作が別にあることがわかった。「百年史」出版の翌年の1962年に時事通信社から時事新書シリーズの一つとして出版されている。 

すでに絶版となって久しいこの新書は、大きな図書館や古書店にいくつかあるこ...

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