一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

1960年前後全米を自動車で駆けめぐり、日本人移民一世の足跡を訪ね「米國日系人百年史~発展人士録」にまとめた加藤新一。広島出身でカリフォルニアへ渡り、太平洋戦争前後は日米で記者となった。自身は原爆の難を逃れながらも弟と妹を失い、晩年は平和運動に邁進。日米をまたにかけたその精力的な人生行路を追ってみる。

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第25回 世界連邦建設への訴え

行動するジャーナリストである加藤新一は、書き残したものはすくない。少しでも本人の書き残したものがないか、故郷広島の「広島平和記念資料館」の「平和データベース」で「加藤新一」で調べてみた。すると本と雑誌のなかからいくつか加藤の書いたものがでてきた。

その一つに「平和競存の創造」という出版物がある。「著者 加藤新一著編」、「出版者 地球友の会」、「出版年 1971年12月20日」、「頁数47」となっている。それ以上はわからないので、同資料館内の情報資料室を訪ね、実物を見せてもらった。

それは、どうやらいわゆる自費出版的な冊子で、奥付には編集者加藤新一、発行人加藤新一とある。発行所は「地球人友の会」となっているが、...

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第24回 「広島北米クラブ」に尽力

最期は日本で迎えたい 

二度目のアメリカ滞在で、新日米新聞社の主幹として1961年に「米國日系人百年史」をまとめた加藤新一は、まもなく新日米新聞社を離れ、1970年日本に帰国する。ふりかえれば、1900年に広島で生まれ、18歳で父親に呼ぼ寄せられカリフォルニアに渡った加藤は、日米開戦直後に帰国、1953年に再渡米、そして1970年再び日本にもどってきた。日米二往復の人生である。

ひとり息子はロサンゼルスの東京銀行で働き、孫もアメリカ生まれのアメリカ人である。一方日本には甥がいるほか、そのほか近しい親族はいない。それがなぜ日本へ帰ったのか。甥の吉田順治さんによれば、「最期は日本で迎えたい」というのが、本音のようだ。...

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第23回 再びアメリカへ

1952年11月に広島で開かれた世界連邦アジア会議の事務局長を務め、日本国連協会広島県本部事務局長の職にあった加藤新一は、日本での平和運動の職を捨て、1953年4月再びアメリカに渡った。

1961年の時点での本人による1953年からの経歴は、次のようになっている。

1953年産経新聞特派員として再渡米、のち新日米新聞社に入社、次々に家族を呼寄せ、1958年米国永住権を獲得、現在(※注1961年)同社主幹。同社の1955年度版及び1959年度版全米日系人住所録を編集、1960年に南加州日本人70年史を編集、同年の日米百年祭に日本政府から表彰を受け、また大日本農会から緑白綬有効章を贈られ、同年から、翌61年にかけ新日...

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第22回 広島で平和運動に取り組むが…

知事に請われて県広報委員長にも

日米開戦後アメリカから日米交換船で郷里の広島に引き揚げてきた加藤新一は、中国新聞の記者となり、一時は編集局次長の職についた。その後同社に誕生した従業員組合の委員長(組合長)となるなど多方面で活躍したが、1949年、7年間つとめた同社を退社する。新聞社時代の先輩、村上哲夫氏によれば、当時の楠瀬常猪・広島県知事に請われて、初代の広島県広報委員会委員長に就任、1951年に知事が楠瀬から大原博夫に代わってからも一年余り広報委員長を務めたという。

加藤本人が「米國日系人百年史」のなかで書いた自分の経歴には、1949年に「広島県広報部長に就任」とある。被爆地広島県の知事が、加藤のような記者経験...

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第21回 力量を発揮するも退社へ

広島に原爆が投下されてからほぼ8ヵ月後の1946年4月、米軍が撮影した広島市内の映像のなかに加藤新一が登場することに前回触れたが、撮影について当時の中国新聞が報じていた。

同年4月16日付の紙面で「復興の象徴」、「本社が天然色映画で全米にお目見得」という見出しで、加藤と思われる人物がデスクを前に座っている姿が見られる写真がついている。説明には「写真は本社編輯局内の一場面」とある。

記事をそのまま引用すると——

「戦災地の日本を映画化すためマツカーサー司令部では陸軍映画班を組織臨時列車を動員、長崎市をはじめ九州各地を天然色フイルムに収めたが、廣島市では過去一ケ月焼跡の撮影に消防梯子...

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