Choices for Japanese People Living in America

Japanese people living between the United States and Japan were interviewed about life choices such as obtaining permanent residency and returning to Japan.

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数カ国での生活経てオーストラリアへ—広美・アッシュモアさん

32年ぶりの日本

エミー賞受賞作で、ダウン症の若者たちの等身大の生活を描いたリアリティーTV番組「Born This Way」。長女がそのメインキャストの一人であり、また自身も同作に出演していた広美・アッシュモアさんは、17年間暮らしたロサンゼルスから2019年、日本に引き揚げた。しかし、その日本を終の住処とはせずに、22年、夫のスティーブンさんと共にオーストラリアに移住しようとしている。このシリーズでは、「アメリカ永住を決めた人」「長年住んだアメリカを去って日本に引き揚げた人」「日本に一度は引き揚げたが再びアメリカに戻ってきた人」などさまざまなパターンを取り上げてきたが、今回は日本でもアメリカでもなく、別の国を永...

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Tsunehisa Nakajima: 18 Years Since Winning Permanent Residency

Starting His American Life with a Wage of $7 Per Hour

I came to know Tsunehisa Nakajima, COO of an IT company in the outskirts of San Francisco, through an interview for the newsletter of a certain Nikkei business association. I looked up his name after the interview in order to put together his profile. I had been certain that he was an expat from Japan, but I discovered that he actually won his green card lottery shortly after the September 11 attacks and came to the United States on his own. That program has become highly competitive, and I …

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1991年渡米、日米に拠点を置く生活 ー 清水瑛紀子さん

渡米当時の覚悟は「絶対に日本に戻らない」

清水瑛紀子(あきこ)さんは1990年代からアメリカと日本で活動している風水コンサルタントだ。もともとの仕事はIT関係。日本からドイツ勤務を経て、1991年以降、アメリカで生活していた。しかし、現在は主に日本を拠点にして、ロサンゼルス郊外の住まいに時々戻ってくるという生活スタイルだ。19歳の時に初めて来たアメリカに自由と可能性を感じ、アメリカに住みたいという願いを実現した彼女だが、再び日本に拠点を定めた理由と、日米を往復する中で見えてきたことについてzoom取材で聞いた。

「若い頃の自分は、日本ではブラックシープのように感じていました。日本は皆に合わせないといけないし、...

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滞米40年後の京都暮らし — ラナ・ソーファーさん

日米を往復するきっかけは米国の政治情勢の変化

ラナ・マリコ・ソーファーさんが渡米したのは1975年。ラナさんは、ロサンゼルスを拠点に主に機内上映の映画の字幕、さらには吹替の制作に長年携わってきた。私の自宅から近いこともあって時々、一緒にランチする仲だったが、そんなラナさんが京都にも拠点を設けて日米を行き来していることを知ったきっかけはSNSだった。聞けば、2017年に彼女は転機を迎えていた。

「まず、長年ロサンゼルスで生活していた姉がポルトガルに移住することを決断しました。もともとヨーロッパに仕事で行くことが多かった彼女は、いつか現地に住んでみたいと思っていたようです。ちょうどその頃、トランプ政権になったアメ...

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アメリカに残る人々が日本に引き揚げない理由

子どもの存在、医療、言葉

移住したアメリカから日本に引き揚げた人々に話を聞き、さらに一度は日本に帰国したが改めてアメリカに戻ってきた人の回に続き、アメリカを終の住処と決めた人々にも彼らの決断について聞かせてもらった。

在米50年になる70代男性Tさん。アメリカで語学を勉強し、日本に戻ったら映画評論家になろうと思っていたと話す。しかし、渡米3年目、父親が亡くなった。「母親はすでに私がアメリカに渡る前に亡くなっていたので、親がいない日本にもう戻る理由はないという気持ちになりました。そこで勤め先にスポンサーをしてもらいグリーンカードを取得し、結婚をして、子どもが3人生まれました。若い頃は日本に帰りたいだとか深く考えるこ...

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