Takamichi "Taka" Go

オレンジコースト大学、カリフォルニア州立大学フラトン校、横浜市立大学にて、アメリカ社会の歴史、日系人社会の歴史を含めるアジア大洋州系アメリカ人社会のを学ぶ。現在はいくつかの学会に所属しつつ、独自に日系人社会の歴史、とりわけ日系人社会と日本社会を「つなぐ」ために研究を継続している。また外国に「つながり」をもつ日本人という特殊な立場から、現在の日本社会における内向き志向、さらには排外主義の風潮に警鐘を鳴らしつつ、日本社会における多文化共生について積極的に意見を発信している。

(2016年12月 更新)  

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「JRパス騒動」に対する、ブラジル日系人社会の反応

海外に移住した日本人、つまり、一世の人々にとって、移住後の日本訪問には、特別な意味があります。日本に住む親族や友人に近況を報告したり、旧交を温めるだけでなく、みずからの人生における日本との「つながり」を再確認するための一種の「儀式」でもあります。それは、日本の親類や友人にとっても、海を越えた人間関係を振り返るための、非常に良い機会です。 ニッポンは遠きになりにけり? JRパスとは、1987年のJRグループ発足後に販売が始まった、日本を訪問する外国籍の人を対象とした、短期間有効の周遊乗車券、ジャパン・レール・パス(Japan Rail Pass)のことです。いくつかの種類がありますが、最も安価なものは、普通車使用で、7日間有効のものが、29,110円となっています。有効期間内であれば、JR各社の鉄道路線のほか、一部のJRバス路線、さらには宮島航路などが乗り放題となります。(参考までに、現在の、東京~新大阪間の東海道新幹線の普通車指定席の正規料金は、片道で14,450円です。) JRパスは日本人であっても、移住した国の永住権の取得、あるいは移住した国の出身者との国際結婚など、一定の条件を満たせば、「特例」として購入が認められています。この「特例」をめぐって、2016年の年末から17年の春にかけて、ひとつの騒動がありました。 2016年の11月、JR各社は2017年3月3...

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柔道見学団―日系アメリカ人と日本人の「つながり」を振り返る

アメリカの日系人社会ではその黎明期より、柔道は重要な文化的活動のひとつでした。1930年代、世界恐慌下であるにもかかわらず、各地で柔道を通した国際親善に取り組む日系人団体がありました。南加(南カリフォルニア)においては、南加講道館柔道有段者会が中心となって、優秀な成績を収めた二世の若者たちを、柔道見学団として日本に派遣することになりました。このとき、代表に選ばれた二世のなかに、オレンジ郡で不動産業を営み、当地の日系人社会の歴史を調査したことで知られる、西津クラーレンス巌(Clarence Iwao Nishizu)さんがいました。 西津さんによると、柔道見学団の一人あたりの旅費の総額は275ドルで、現在の価値に換算するとおよそ40万円でした。これは、当時の一般家庭では大きな負担でした。西津家でもこれほどの大金を準備することは難しく、西津さんは一世の知人、村田氏に農作物の収穫の仕事を紹介してもらい、みずから旅費を工面しました。1 1931年の9月中旬、柔道見学団として選抜された二世の若者たちは、サンぺドロ港で日本郵船の大洋丸に乗り込み、横浜港を目指しました。彼らは途中、ホノルルに立ち寄り、現地で開催された柔道大会に参加しました。それからおよそ1週間後、横浜港に到着した彼らは、桜木町の駅から列車に乗り、神田のYMCAホテルに向かいました。ここが、東京での宿泊地となりました。 ...

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日本を去った若者たち―21世紀における日本人の海外移住事情

日本政府主導による日本人の海外移住は1973年の春、最後の移民船、ブラジルを目指したにっぽん丸が横浜を出港して以来、その波が途絶えたとされますが、その後も、留学や国際結婚、就業などを理由に、海外に移住する人々が続いています。その数は、1年あたり十数万人とされます。 21世紀をむかえた日本社会における日本人の海外移住事情とは、どのようなものなのでしょうか。わたしのように留学(わたしは2002年にアメリカのコミュニティ・カレッジに入学しました)を理由に海外に移住した人々がいた一方、まったく異なる理由で海外に移住した日本人の若者たちがいました。彼らが海外に移住した背景には、さまざまな問題をかかえた日本の社会事情がありました。彼らは、どのような理由があって日本という国を去り、海外のどこに移住し、どのような生活を送っているのでしょうか。 2012年の8月、フジテレビが大変興味深いドキュメンタリー番組を放送しました。『サヨナラニッポン~若者たちが消えてゆく国~』と題された番組は、放送時間が深夜帯であったにもかかわらず、大きな反響をよびました。 この番組の主役は、20代から30代にかけての若者たちです。彼らが目指したのは、中国大陸(中華人民共和国)でした。彼らはこの地で、主に日本企業を対象とした、コールセンター、経理、ホームページのデザインと製作、さらには、プログラミングの業務な...

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福田太郎―「ニッポンの黒幕」を支えた日系人

1990年の法改正によって、多くの日系人が来日したものの、依然として、日本人にとって彼らの存在は身近なものではありません。しかし、日系人の存在は、昭和初期より、日本社会のさまざまなところで見られるようになりました。今回は、「ニッポンの黒幕」を支えた日系人について紹介したいと思います。 彼の名前は、福田太郎。そして彼が支えたのは、児玉誉士夫。数多くの会社経営者のみならず、国会や地方の有力な議員とも深い人脈をもち、同時に右翼団体や反社会的組織の幹部とも通じたことから、「ニッポンの黒幕」として、多くの日本人が児玉を恐れました。 福田は1916年に、ユタ州ソルトレークシティで日系二世として生を受けました。両親は広島県からの移住者でした。福田は小さい頃にアメリカを離れ、日本で生活するようになりました。来日したばかりの頃、彼は早稲田国際学院(現在の早稲田奉仕園)で日本語を学びました。 1939年、彼はアメリカに戻ることなく、当時は「新天地」とされた満州行きを決意しました。満州電信電話会社で仕事を得たからです。しかしながら、満州での生活はそう長くは続きませんでした。1945年8月、多くの日本人がアメリカによる新型の爆弾投下に驚愕したさなか、赤軍(ソ連軍)が日ソ中立条約を一方的に破棄し、満州に侵攻したからです。幸いにも福田はその年、日本に戻ることができました。 敗戦後の日本で福田...

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長崎源之助が描いた日系人―『ボク、ただいまレンタル中』を読む

日本の児童文学においても、日系人の存在を見つけることができます。わたし自身、かなり前からこの作品のことを知っていましたが、長い間、この作品を強く意識することはありませんでした。しかしながら、数年前に日本社会における韓国系の人々の結婚事情に関する研究を知る機会を得たときに、ふとこの作品を思いだしました。 『ボク、ただいまレンタル中』は1992年11月に、作家の長崎源之助氏(1924-2011)がポプラ社から出版しました。そして出版の翌年、この作品は第39回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選ばれました1。 この作品の主な登場人物は、主人公の小学6年生の井上一也君と、物語の展開において最も重要な鍵を握る夢野孫一郎こと花村健治のふたりです。 物語は、お年を召した人々の心のよりどころとして,小学生の子供たちを「レンタルまご」として派遣しようと画策していた夢野が、ひとりで公園で遊んでいた一也君に声をかけ、夏休みのアルバイトという名目で彼を「レンタルまご」として採用する場面から始まります。夏休みの間、一也君は「レンタルまご」として、さまざまなお年を召した人々の過去を知る機会を得ました。 一也君が出会ったお年を召した人々に共通するものは「先の戦争」でした。彼は広島の被爆者、「一億総火の玉」のプロパガンダのもと、多くの子供たちを戦場に送り込んだ元教師、日本人による民族差別...

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