Tsutomu Nambu

北海道生まれ。1976年、大同生命保険に入社。1992年、在日外国人を対象に日本語学習支援ボランティア活動を開始。この活動を通し日系カナダ人と出会う。2011年、同社を退職。現在、宮城県庁に勤務のかたわら各種ボランティア活動を継続。仙台市在住。

(2013年2月 更新) 

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Kizuna: Historias Nikkeis del terremoto y tsunami de Japón

「東北の新月」初上映会を仙台で開催!

東日本大震災発生から5年を迎える日の9日後となる2016年3月20日。私たち市民有志は、リンダ・オオハマさん製作の記録映画「東北の新月」の上映会を仙台で開催しました。映画は2月末に完成。その作品を収めたブルーレイを携えて、3月7日にリンダさんが来日。初演の地として仙台を選んでくださったのです。 上映会当日の午前9時。上映会場となる「せんだいメディアテーク」の扉が開錠されると、数十人が館内になだれ込み、一斉にシアターを目指しました。午前10時の上映開始に合わせて受付の準備をしようと思っていた私たちは焦りました。打ち合わせもそこそこに、各人が持ち場についたのが午前9時20分過ぎ。すでに通路は100名以上の人々でごった返す有様。 「2列に並んでお待ちください」。はやる気持ちの来場者に、誘導係の宮田達雄さんが優しく何度も声をかけ、混乱も収束。来場者たちは配られた整理券を片手に整然と場内へ。定員180名のシアターもあっという間に席がふさがっていきます。 上映開始直前、「満席を理由に入場をお断りした。でも、『何としてでも午前10時に上映される映画を見たい』というお客さまがいらっしゃる」との連絡をスタッフから受けました。その方に、2回目の上映時にご覧いただくようお願いしても理解していただけません。どうすべきか、考えあぐねているところに、「1つだけ余席があった」との場内係からの報告。そ…

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Kizuna: Historias Nikkeis del terremoto y tsunami de Japón

復興に影落とす人口減

3月11日に震災4年目を迎えた。遅々とした歩みだが、被災地は着実に復興に向かっている。集団移転先の整地。災害公営住宅の建設。店舗・工場の修繕と建替え。鉄道の復旧。事業の再開。速度に違いはあるものの、日々変わり続ける日常の風景の中に街の再興を感じ取ることができる。 しかし、子細にその歩みを見てみると、各地一様ではない。原発の影響を受ける地域と受けない地域。内陸部と沿岸部。都市部と農漁村部。どのような切り口でアプローチするかによって、その断面はいかようにも映る。 岩手県の沿岸部に位置する大槌町は、水産業を中心とする町だ。人口は1万2,600人ほど(2014年5月現在)。津波により流失した家屋は2,506棟。震災と津波により被害を受けた棟は3,800ほど(2011年9月28日現在)。町内の約半数の建物が被害を受けたことになる。 これらの被害に対し、国、県、町は、未曽有と表現されるような支援策を講じた。それらは生活の再建と地域経済の復興にとって死活的に大きな役目を果たしている。たとえば、津波で家を失った人が新しく家屋を建設する場合、最大で600万円の支援金が支給される。 住宅再建に係る支援金の合計額(新築のみ)1 世帯区分 国(基礎) 国(加算金) 県・町 町独自* 合 計 複数世帯 …

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被災者の今、そして行政

震災から4年となる日を間近に控えた2015年2月14日。被災者の一人を訪ねた。名前は大久保勝彦さん(74)。被災者のために用意された借上げ公営住宅1に入居している。 震災当時、大久保さんが住んでいたのは、仙台市若林区荒浜地区。夏は海水浴場として賑わう同地区を9メートルほどの津波が襲った。退職金で建てた築5年の大久保さんの住宅はこの波にすっぽりとのまれてしまった。 「津波が間もなくやってくる」。ラジオから流れるこのニュースを耳にした大久保さんは、ただちに自宅を飛び出した。自分は町内会長。至急避難するよう町内の住民に伝えなければならない。 自転車での避難呼びかけが終わったので、荒浜小学校に避難した。それから間もなく津波が襲来。2階の教室にいた大久保さんは、2階の天井に届くほどの高さの津波が廊下を流れて行くのを、ただ茫然と眺めていた。流れが一方向に向かっていたせいか、教室内に浸入してきた水は、膝下で済んだ。恐怖のほどは、もちろん膝下程度ではない。 翌日には陸上自衛隊霞目駐屯地の体育館に移動。その後、八軒中学校、サンピア仙台を経て現在の仮住まいに落ち着いた。現在は奥様との二人暮らし。 大久保さんが住む借上げ公営住宅には、現在51世帯が入居している。東松島市など他市から避難してきた人々もいるこのコミュニティーは、いわば寄せ集め。でも、近隣の草刈り作業などには対象世帯数の8…

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「キルト・プロジェクト」のお手伝いをして

1.全国での展示も終了間近2012年12月30日。この日は、津波で壊滅的被害を受けた岩手県沿岸部の大槌町でキルト展が行われていた。国内での展示も残り2カ所。リンダ・オオハマさんの提唱でカナダ全土から届いたキッズメッセージ・キルトによる復興支援プロジェクトも国内での最終局面を迎えようとしていた。前年6月にキルトが日本に届いてから1年半。目を閉じるといろいろな情景がよみがえってくる。 2.キルトが届いて 2011年6月25日。カナダに住む友人のノーム・イブキさんから1通のメールが届いた。「被災地の子どもたちを応援しようとカナダの子どもたちがキルトにメッセージを描いた。そのキルトを持ってリンダさんという人が被災地の学校を訪問する。仙台でお手伝いできる人を探してほしい。日曜日までに」。その日は日本時間で土曜日。時間的余裕は1日しかなかった。 当時私の住まいは福島県郡山市。しかも1カ月後に定年退職を控え、残務整理で連日休日出勤している身。「飛ぶ鳥跡を濁さず」。今は業務が最優先。そうは思うもののノームさんからの依頼と被災地の映像も脳裏をかすめる。 「どうしよう」。気持ちは焦るが妙案は浮かばなかった。時間だけが過ぎて行く。その時ふと思い当ったのが仙台国際交流協会だった。5年前まで私のボランティア活動の拠点だった所だ。祈るような気持ちでダイヤル。つながったのは旧知の菊池さん。状況を説明す…

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