Laura Honda-Hasegawa

Laura Honda-Hasegawa nació en São Paulo, Brasil en 1947. Trabajó en el área educativa hasta el 2009. Desde entonces se ha dedicado exclusivamente a escribir, lo cual es su gran pasión. Ella escribe crónicas, historias cortas, poemas y novelas, todos bajo una perspectiva nikkei.

Última actualización en septiembre de 2018

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デカセギ・ストーリー

第三十二話 たった5ヵ月のデカセギ生活

マリには子供がいなかったため、夫を早く亡くしてからは仕事一筋だった。 専門学校卒業後、小学校の教員として働きながら大学を終えた。大学で知り合った夫は、「多くの子供に勉強の楽しさを知ってもらいたい」と、マリと同じ志を持っていた。二人は結婚し、その後マリは、隣町の中学校で数学を教えながら、夫が経営する塾を手伝った。 11年後、夫は交通事故で亡くなってしまった。「今からひとりで子供たちに教えていけるだろうか」とマリは悩んだ。 先生を続けるのをためらっていると、「何を言ってるの?小さい頃から本を読むのが大好きで、近所の子供を集めて『学校ごっこ』で遊んでいた子が、大人になって弱音を吐いている場合ではないでしょう?」と、母親は勇気付けてくれ、父親も応援してくれた。 自信を取り戻したマリは、教員を続けているうちにあることに気付いた。「一番難しい科目は?」と聞かれると、生徒たちは口を揃えて「数学と国語」と答えるのだ。 そこでマリは、「それならポルトガル語をもっと勉強しよう」と、大学へ戻ってポルトガル語とブラジル文学を専攻した。卒業後、サンパウロに引越しし、私立中学校でポルトガル語を、州立高校で数学を教えながら、忙しい毎日を過ごしていた。 18才で働き始めたマリは、44才で早期退職。「さて、第二の人生は何をしようかなあ」と考え始めた。東洋街をぶらぶら歩いていると、日系人の年配の男性...

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デカセギ・ストーリー

第三十一話 ユウジは偉い!

ユウジと僕は幼なじみ。小さい頃からずっと一緒で、家も近かった。学校帰りに2人で道草を食い、家に帰ってよく叱られたもんだ。 小学校は一緒だったが、中学生になると僕は私立校へ通うことになった。日本へ出稼ぎに行っていた父の仕送りのおかげで生活は安定し、僕と妹は私立校へ通い、母はパートの仕事をしなくてもよくなった。 学校は違っても、週末には、必ず、ユウジと一緒にサッカーをしたり、流行っていたゲームをやったり、アニメを見たりした。 しかし、それも束の間だった。ある日、学校から帰ると、ユウジは部屋の中で倒れているお父さんを見つけた。お母さんは、まだ仕事先で、2人の兄も夜学に通っていたので帰りは遅く、誰も家にはいなかった。 ユウジは、すぐに近所のパン屋に助けを求め、お父さんは病院に運ばれたが、間に合わなかった。お父さんは51才の若さでこの世を去った。末っ子のユウジにとっては、とても大きなショックだった。 週末、僕はユウジの家を何回か訪ねたけど、ユウジはいつも留守だった。朝は八百屋でアルバイト、昼からはスーパーで、お客さんが買った品物をレジ袋に入れるのを手伝った。ユウジの生活は大変だと僕は思った。 中学校を卒業すると、僕は、そのまま私立高校へ進学。それが当たり前だと思っていた。父が日本で稼いでくれ、家族が楽な生活を出来ることが。 ユウジも高校へ進んだが、仕事をするために夜学へ行...

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デカセギ・ストーリー

第三十話(後編) ジョアナの大冒険

前編を読む>> 生まれ育った農村から一度も離れたことがなかったジョアナは、49歳の時、娘のルイーザがサンパウロの看護学校に通うことになり、落ち着くまでの間、サンパウロに一緒に住んだ。 郊外に小さな家を借りて、満員のバスで通勤した。娘のためにと、慣れていないことにもいろいろと挑戦した。田舎とは全く違う都会の生活は、ジョアナにとって大冒険だった。 半年後、ルイーザは二人の先輩と同居するようになった。ジョアナは自分の役割は果たしたと、安心して田舎に戻り、再び畑仕事と家事の生活に戻った。 ルイーザは、看護学校卒業が近づいた頃、紹介したい人がいると、実家へ戻ってきた。一緒に来た男性はタケシタ・ノブで、ルイーザと同居していたカオリの兄であった。 ノブは、10年前から日本で暮らしていた。日本の大泉町にある自動車工場で働き、デカセギのサッカーチームを作り、日本で充実した生活を送っていた。親戚の結婚式に招かれ、ブラジルに2年ぶりに戻って来たとき、二人は出会った。お互いに一目ぼれだった。「ルイーザさんと付き合ってもよろしいですか?宜しくお願いします!」と、ノブは頭を下げた。 ジョアナと夫は、突然のことに驚いた。娘に好きな人が出来たことは嬉しかったが、相手は遥か遠い日本で暮らす人。いつか、大事な娘が遠くへ行ってしまうかもしれないと思うと・・・ しかし、ルイーザとノブの嬉しそうな笑顔を...

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デカセギ・ストーリー

第三十話(前編) ジョアナの大冒険

子供の頃からジョアナは働き者だった。朝早くに両親と兄3人で畑へ出かけ、11時半に家に戻り、2人の弟と昼飯を食べてから学校へ一緒に通った。 あと3ヶ月で小学校を卒業するという時、母親が重い病気を患った。ジョアナは看病しながら、母親の分の畑仕事もしなければならなくなった。そのため、学校には行けなくなったが、家族のためだと思い、懸命に畑仕事と家事をこなした。 18歳になると隣村の農家に嫁ぎ、すぐに3人の子供に恵まれた。午前中は義母に子供を預け、義父と夫と一緒に畑へ出かけ、午後にはひと足先に家に戻って、子供の面倒を見ながら家事をするのが日課だった。 三男が8歳の時、待ち望んでいた女の子が生まれた。家族は大喜び。長男と次男と三男の名前は夫が選んだが、長女の名前は、ジョアナが選びたいと主張。「私が学校に行けなくなった後、担任の先生が時々家に来て、勉強などいろいろと教えてくれ、私を励ましてくれた。先生にもらった本は今でも大切にしているの。娘もあの先生のように優しい思いやりのある人になって欲しいから、先生の名前が付けたいわ」。「その先生の名前は?」と聞かれると、「ルイーザよ!」と言うことで、赤ちゃんの名前が決まった。 ルイーザはすくすくと育った。小学校から常に成績がとても良かった。高校を卒業する直前になり、看護師になりたいという。両親はとても悩んだ。「看護師になりたいなら、やっぱりサ...

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Nikkei Chronicles #7—Nikkei Roots: Digging into Our Cultural Heritage

A música japonesa e eu

Quando eu tinha meus oito anos, frequentei por algum tempo a escola de língua japonesa e a única lembrança que tenho dela é o Gakugei-kai, quando os alunos apresentavam números musicais e peças de teatro para uma pequena plateia de pais e professores. Sempre cabia à menina mais graciosa da turma o cobiçado papel de princesa da história e quem tinha talento musical cantava as tradicionais cantigas infantis. Eu nunca fui escolhida para ser a princesa nem tinha jeito para cantar, mas havia uma cantiga que gostava muito – &ld...

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