Stuff contributed by ryusukekawai

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第27回 日本から世界へ

Ryusuke Kawai


一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第26回 地球市民となる

Ryusuke Kawai

1900年生まれの加藤に直接会っている人は、日本で私が取材した範囲では加藤の甥にあたる吉田さんと加藤の実家近くに住む二人だけで、アメリカではロサンゼルスの広島県人会にひとりいるだけだった。

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第25回 世界連邦建設への訴え

Ryusuke Kawai

行動するジャーナリストである加藤新一は、書き残したものはすくない。少しでも本人の書き残したものがないか、故郷広島の「広島平和記念資料館」の「平和データベース」で「加藤新一」で調べてみた。すると本と雑誌のなかからいくつか加藤の書いたものがでてきた。

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第24回 「広島北米クラブ」に尽力

Ryusuke Kawai

最期は日本で迎えたい 

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第23回 再びアメリカへ

Ryusuke Kawai

1952年11月に広島で開かれた世界連邦アジア会議の事務局長を務め、日本国連協会広島県本部事務局長の職にあった加藤新一は、日本での平和運動の職を捨て、1953年4月再びアメリカに渡った。

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第22回 広島で平和運動に取り組むが…

Ryusuke Kawai

知事に請われて県広報委員長にも

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第21回 力量を発揮するも退社へ

Ryusuke Kawai


一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第20回 アメリカ撮影の映像の中に

Ryusuke Kawai

原爆投下からひと月ほどして加藤新一は、広島を訪れた赤十字駐日首席代表のマルセル・ジュノー博士の通訳兼案内を担った。そして11月1日付で政治部長に就任、翌46年2月には、社長交代にともなう中国新聞社の社内体制の刷新によって、編集局次長になった。

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第19回 被爆直後の中国新聞と加藤

Ryusuke Kawai

原爆による広島の街と人の惨状を目にしたこと、そして弟と妹を原爆で失ったことは、のちに加藤新一が平和運動に邁進する原点であった。

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第18回 原爆の日を駆け回る

Ryusuke Kawai

1945年8月6日、中国新聞の報道部長だった加藤新一は通勤途中、西広島駅近くにいて原爆の閃光を見て、すぐさま市内の中国新聞本社へ向かった。その時見たもの感じたことなどを記録、26年後の1971年に自ら発行人となった「平和競存の創造」のなかで「原爆地獄を往く 一老記者のピカドン体験記」として発表した。以下、その体験記を紹介しよう。

Login or Register to join our Nima-kai

About

日本のジャーナリスト、ノンフィクションライター。
ジョン・オカダの小説「No-No Boy」を読んだのがきっかけで、日本人移民、日系人について興味をもつ。もっと日系アメリカ人のみなさんに日本に来てほしいと願っています。 

Nikkei interests

  • community history
  • family stories
  • Japantowns

Get updates

Sign up for email updates

Journal feed
Events feed
Comments feed

Support this project

Discover Nikkei

Discover Nikkei is a place to connect with others and share the Nikkei experience. To continue to sustain and grow this project, we need your help!

Ways to help >>

A project of the Japanese American National Museum


Major support by The Nippon Foundation