一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

1960年前後全米を自動車で駆けめぐり、日本人移民一世の足跡を訪ね「米國日系人百年史~発展人士録」にまとめた加藤新一。広島出身でカリフォルニアへ渡り、太平洋戦争前後は日米で記者となった。自身は原爆の難を逃れながらも弟と妹を失い、晩年は平和運動に邁進。日米をまたにかけたその精力的な人生行路を追ってみる。

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第9回 確かに全米を回っていた

フロリダで車を売ろうとしたが 

加藤新一の親族を探していた私は、2020年3月広島市東区戸坂千足というところで、運よく彼の甥にあたる吉田順治さんに巡り合うことができた。建設業を営んでいた吉田さんは、加藤の妹、春江さんの長男にあたり、加藤のことを「おじさん」と呼び、親しい関係にあったことがわかった。

偶然の訪問にもかかわらず、時間があるということで話を聞かせてもらえることになった吉田さんに、私はフロリダの日本人移民秘話をノンフィクションにまとめたことや、日系アメリカ人文学の金字塔であるジョン・オカダの「ノーノー・ボーイ」の翻訳を手掛けたことなど、日系アメリカ人に関する取材を長年してきたことを説明し、そのなかで加藤新一が…

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第8回 広島の親族は?

かつての住所を訪ねると 

「米國日系人百年史」のなかの自己紹介ともいえるプロフィール記事と、1982年2月10日の中国新聞社の訃報(死亡記事)などから、加藤新一の人生が要約できたところで、広島出身で最後は故郷で一生を終えた彼の血縁者や、彼を知る人を改めて探すことにした。

加藤の、アメリカ生まれのひとり息子は 、日本で高校を卒業した後アメリカに戻ったので、直系の親族は日本には見当たりそうになかった。そこでまずは加藤が暮らしていたと思われる、訃報にある住所を訪ねることにした。2019年4月のことである。

加藤のかつての住まいは、広島市の中心部から北西に2キロ余りのところに位置する。JR山陽本線の横川駅から歩いて数分、広…

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第13回 父に呼ばれてカリフォルニアへ

加藤新一の父、松次郎の渡米後の足跡を追ってみよう。1900年、松次郎が日本のどの港から出て、アメリカのどこに上陸したのかは定かではない。

新一本人が、「米國日系人百年史」のなかで記した自らのプロフィールでは、松次郎は渡米後「中加フレスノで日本飲食店、後ちパレヤで農業を営み、……」とある。しかし、甥の吉田順治さんによれば、「最初は、どこか鉄道工事の飯場のようなところで、コックをしていたと聞いたことがある」という。

その期間が短かったから加藤は、父の経歴を省略したのかもしれないが、日本からの出稼ぎ移民が鉄道工事の現場で働いたのはよくあることで、その中には当然、北米への移民第一県の広島出身者も多…

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第7回 81歳で故郷広島に永眠

中国新聞の連載記事「原爆と中国新聞」(2012年3月〜5月)によれば、広島に原爆が落とされた当時、加藤新一は中国新聞記者の報道部長で、被爆当日市内を歩き回り、一ヵ月後には広島入りしたアメリカの調査団に同行した赤十字駐日首席代表のマルセル・ジュノー博士の通訳兼案内係として廃墟の被爆地を回ったことが分かった。

彼はそこで何を見て、どう思ったのか。またそれが、後の彼の人生に何か影響を及ぼしたのだろうか。さらに詳しく知りたいと思った私は、連載記事に署名のあった編集委員の西本雅実氏に連絡をとり尋ねてみることにした。

私はフリーランスとはいえ、西本氏とは同業者であり、本来ただ情報をもらおうというのは図々しい話ではある。しかし、西…

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第6回 原爆投下時に記者として

ある人物について、詳しく知ろうとするならまず親族にあたるのが常道だろう。加藤新一については、彼が執筆・編集した「米國日系人百年史」のなかの自身のプロフィールのなかに、妻と子についての記載がある。妻はすでに他界されているだろうから、「一子」として紹介されている「ケネス直」についてあたってみることにした。

生まれは、日本かアメリカかわからないが、ケネスというのが英語名で直が日本語名だと思われるケネスは、広島の名門私立である修道学園高校を卒業している。この学校は、1725(享保10)年に広島藩五代藩主浅野吉長が開いた藩校「講学所」に端を発している。現在では、中高一貫の修道中学・高校のほか広島修道大学も有している。

ケネスは…

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