一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

1960年前後全米を自動車で駆けめぐり、日本人移民一世の足跡を訪ね「米國日系人百年史~発展人士録」にまとめた加藤新一。広島出身でカリフォルニアへ渡り、太平洋戦争前後は日米で記者となった。自身は原爆の難を逃れながらも弟と妹を失い、晩年は平和運動に邁進。日米をまたにかけたその精力的な人生行路を追ってみる。

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第15回 米國産業日報の編集長となるが……

前回、加藤新一が記者として所属していたロサンゼルスの日系新聞「羅府日米」をめぐるスト問題について簡単に触れたが、加藤が編集した「米國日系人百年史」のなかの「米国日系人の刊行物」のなかに、この点について詳しく書かれている。

それによると、実業家でもある安孫子久太郎はサンフランシスコで新聞「日米」を創刊し、ついでロサンゼルスにも進出を図り、「北米報知」(1915年発刊)を買収し、「羅府日米」を創刊した。

サンフランシスコの新聞「日米」では、安孫子久太郎社長と従業員側とが対立した結果、社長が編集部員に退社を求めた。これに対し従業員側は、退職者の復職や未払賃金の支払などを求めたが聞き入れられなかったため、ストライキに入った。…

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第14回 日系新聞の記者となる

中部カリフォルニアで父を手伝い農業に従事した加藤は、父が日本に戻るとひとりロサンゼルス近郊のパサデナに出て造園業をつく。しかし、まもなく日系新聞の記者となった。ジャーナリズムに長年携わる彼の原点である。

北米でもハワイでも、そして南米でも移民社会のなかからは自然と日本語の新聞が生まれる。言葉の壁によって情報を得るのが難しいなか、日本語での情報は生活に欠かせないからだ。初期の日本語新聞は、日本で自由民権運動に関わった青年たちによる政治的な文書という意味があったが、移民が増えるにつれて各地域のコミュニティー紙が拡大していった。

ハワイ、サンフランシスコ、シアトル、ロサンゼルスをはじめデンバーやソルトレークシティ、シカゴな…

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第12回 土台は宗教的エートスか

「広島県移住史」より

加藤新一の出身地である広島県は、明治時代に入って全国でもっとも多くの海外移住者を送り出した「移民県」であることは、前回触れたとおりである。

移民の数を全国的にみると、県によって多くの差があることがわかる。神奈川県出身の私にとっては、海外移民は馴染みのないもので、親戚や近隣にも海外へ渡った人はいなかった。しかし、広島で取材をしていると、親戚や知り合いに海外へ出ていった人やその子孫がいることは決して珍しくはないことがわかる。

では、どうしてそれほど多くの県民が海外へ出ていったのか。いったいどんな背景があるのだろうか。

中国地方は山が多く一人あたりの耕地面積が狭い、あるいは自治体が移民を積極的…

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第11回 アメリカ移民と父・松次郎の渡米

一旗揚げようと日本を出た?

『米國日系人百年史』のなかで加藤新一が記した自らのプロフィールによれば、父・松次郎は、新一が生まれた年(1900年)に、生まれたばかりの長男新一と妻を広島に残してアメリカに渡った。想像の域を出ないが、おそらく出稼ぎのつもりだったのだろう。

「加藤家のあったあたりは昔は農地で、加藤の家も土地を持っていましたし、松次郎さんがアメリカへ行ったのも、一旗揚げようとしたからでしょう。そういう人はいっぱいいて、成功して帰ってきた人のところへおじさん(新一)が私を連れていってくれたこともありました」と、新一の甥の吉田順治さんは言う。


一気に海外へと向かう

日本人の海外渡航を振り返れば、日米和親条約(…

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第10回 加藤家の墓

原田東岷が死を確認

80歳を過ぎても軍縮問題など平和活動に打ち込んでいた加藤新一は、1982年2月9日の朝、自宅で脳梗塞のため亡くなった。突然のことだった。妻の章子さんはアメリカ生まれでモダンな生活を好み、アメリカ生活の長かった夫婦はオープンで仲睦まじく、寝室もともにしていた。

この日の朝、甥の吉田さん宅に章子さんから、ベッドにいる夫、新一の様子がおかしいと電話があった。吉田さんが母親の春江さん(新一の妹)と一緒に加藤宅に駆けつけると、新一はベッドの上で口をあけたまま横たわっていた。

すでに1キロほど離れた原田病院に連絡がしてあり、院長がやってきていた。院長の原田東岷(とうみん)氏(1912年〜99年)は、戦時中は…

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