Ryusuke Kawai

ジャーナリスト、ノンフィクションライター。神奈川県出身。慶応大学法学部卒、毎日新聞記者を経て独立。著書に「大和コロニー フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)などがある。日系アメリカ文学の金字塔「ノーノー・ボーイ」(同)を翻訳。「大和コロニー」の英語版「Yamato Colony」は、「the 2021 Harry T. and Harriette V. Moore Award for the best book on ethnic groups or social issues from the Florida Historical Society.」を受賞。

(2021年11月 更新)

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日系(ニッケイ)—をめぐって

第40回 戦時中のオーストラリア・日本人医師の物語

収容所、防疫研究所、揺れる思い 太平洋戦争がはじまり、アメリカの日本人・日系人が「敵性外国人」とみなされ、収容所に隔離されたことはよく知られているが、オーストラリアでも同様の収容所があったことは一般にはあまり知られていない。 オーストラリアは第二次大戦で連合国に属し日本とは敵対関係にあり、日本軍はオーストラリア本土のダーウィンを空爆するなど攻撃をしかけた。当時、以前本コラムでも触れたように、明治時代から和歌山県を中心にオーストラリアへ真珠貝(白蝶貝)を採取するために渡った日本人や同地でサトウキビ産業に従事する日本人がいた。 彼らをはじめ当時の在豪日本人は、戦争がはじまると収容所におくられた。こうした史実を背景にして、オーストラリアで出版された小説『After Darkness』(2014年刊)の、日本語版『暗闇の後で 豪州ラブデー収容所の日本人医師』(花伝社)が今年8月に出版された。アメリカでの同様のフィクション、ノンフィクションは数あるが、オーストラリアを主たる舞台にした小説は珍しい。 作者のクリスティン・パイパー(Christine Piper)は、オーストラリアの作家、ジャーナリストで、1979年に日本人の母親とオーストラリア人の父親のもと韓国で生まれ、1歳でオーストラリアに移住した。 小説家としてのデビュー作となる本作で、オーストラリアで新人作家に与えられる…

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日系(ニッケイ)—をめぐって

第39回人種主義という構造的な差別

「アメリカの人種主義」を読む 世界中でいまも「人種」をめぐる差別・対立は後を絶たない。特に「人種の坩堝」と言われてきたアメリカでは、黒人やアジア系の人びとに対する差別・偏見と思われる事件が繰り返し起きている。アメリカ社会のなかでマイノリティーである日系アメリカ人にとっては、決して無視できない問題だろう。 なぜ、こうした人種にもとづく問題が起きるのか。そもそも人種とはいったい何なのか。これまでアメリカ社会は、人種をどうとらえてきたのか。また、日系人・日系社会にとって人種の問題とはいかなるもので、どう対応してきたのか。人種という概念が一つのイデオロギーともいえるアメリカ社会における人種という大テーマについて文化人類学を基底に考察したのが、今年2月に出版された『アメリカの人種主義 カテゴリー/アイデンティティの形成と転換』(名古屋大学出版会)である。 著者の竹沢泰子氏は、関西外国語大学国際文化研究所教授、京都大学名誉教授で日本移民学会会長でもある。文化人類学を専門とし、主たる研究テーマは、人種・エスニシティ論と移民研究。『日系アメリカ人のエスニシティ — 強制収容と補償運動による変遷』(東京大学出版会、1994年、澁澤賞受賞)の著書もある。 その著者が「私のアメリカ研究の集大成」という本書は、学生時代から近年までの間に発表した論文や著作を今日…

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第38回 テレビ映画になったフロリダ移民

マイアミ・ビーチの須藤幸太郎 ノンフィクションの本を書いて、読者から感想などをしたためたお便りをいただくことは、新たな発見もあり嬉しいものだ。一昨年、出版社経由で、2015年に出版した「大和コロニー フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)を読んだという91歳の女性から手紙をもらった。 「大和コロニー」は、アメリカ・フロリダ州南部に日露戦争後に入植した日本人がつくった日本人村(コロニー)の顛末と、入植者の一人で最後まで現地に残り、所有する広大な土地を地元に寄贈した森上助次(ジョージ・モリカミ)の人生を追ったノンフィクションである。この土地がもとで後に現地にモリカミミュージアムと日本庭園が生れた。 このなかで、大和コロニーだけでなく、フロリダ州に移住した他の日本人についても触れた。その一例が、南部マイアミビーチの発展に関わった日本人だった。マイアミ市とビスケーン湾を挟んで反対側に南北に細長くのびた砂州のようなマイアミビーチ市は、いまでこそ一大リゾート地だが、20世紀のはじめはただの原野だった。 ここでガーデナー(庭師)として働いたのが、田代重三氏と須藤幸太郎氏の二人だった。ともに神奈川県西部の出身で、最初にカリフォルニアにいた田代氏が新聞広告でマイアミビーチ開発にともない人材を募集しているのを知り応募したところ採用され1916年からマイアミビーチで働くようになり、つづい…

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第37回 移民船とは何だったのか

 『移民船から世界をみる 航路体験をめぐる日本近代史』を読む。 島国である日本で人々が海外に行くには、豪華客船でのクルージングを別にすれば、いまは飛行機を使うのがあたりまえだ。しかし、少なくとも戦後まもなくまでは船で旅をするしかなかった。言い換えれば船が、日本の開国・近代化とともに人や物、そして情報を運んだ。広く世界に目を向けても、大陸間の移動は船によって行われ、造船技術の進歩とともに、船も帆船から蒸気船、そしてディーゼルエンジン船へと変わり、より多くの人や物をより早く運ぶようになった。 こうした船舶によって人と物が盛んに世界を行き交う流れの中で、日本人が“移民”として大量に移動する際に利用したのももちろん船であり、主に移民のために用いられた移民船だった。 「航路体験」の意義 移民船での渡航は特殊である。にもかかわらず移民研究のなかでは、詳しくは取り上げられてこなかったようだ。そこに焦点をあてたのが、先ごろ出版された『移民船から世界をみる 航路体験をめぐる日本近代史』(法政大学出版局)だ。 著者の根川幸男氏は、移植民史を専門とし、現在は国際日本文化研究センター特定研究員を務める。以前、この連載で著書『移民がつくった街サンパウロ東洋街——地球の反対側の日本近代』を紹介したように、ブラジルへの日本移民をはじめとす…

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第36回 和歌山市・移民資料室を訪ねる—日本の海岸線の旅の途中で⑤

紀伊水道に面した和歌山県美浜町にアメリカ村と呼ばれているところがあるように、和歌山県は、多くの移民を輩出した“移民県”だが、和歌山市にはこうした歴史を重んじ移民資料室という、和歌山県のみならず移民に関する資料を集めた施設があるということは以前から聞いていた。機会があれば一度訪ねてみたいと思っていたので、美浜町をあとにし、海岸線を北上し和歌山市内にある和歌山市民図書館・移民資料室に足を運んだ。 移民に関わる本や資料を集めた施設といえば、横浜でJICA(国際協力機構)が運営する海外移住資料館内にある閲覧室があるが、公立図書館の中では和歌山の移民資料室が唯一といっていい。 南海電鉄和歌山市駅に直結する複合施設ビル「キーノ和歌山」の一部を占める形の和歌山市図書館は、ふつうの公共図書館と少し趣を異にする。移民資料室を紹介する前に、図書館そのものについて説明したい。 2020年6月にオープンした図書館は、カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)との提携で、CCCが指定管理者となり運営されていて、1階から4階、そして屋上まで図書館として利用されている。空間的な広がりを感じる1階には図書館に続いてカフェ・スターバックスと蔦屋書店があり、購入した本も借りた本も読めるようになっている。 毎日午前9時から午後9時まで開館していて、年中無休という。関内はWif…

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