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Takeo Yamamoto


Former chairman of the Migration Research Group. Ph.D. in sociology. Professor emeritus at Kwansei Gakuin University. Specializes in sociology (community theory). Researches issues facing Japanese Americans from a community perspective. Major publications include Urban Community and Ethnicity (1997, Minerva Shobo), Sociology of the Great Hanshin-Awaji Earthquake (co-edited, 3 volumes, 1999, Showado), and Sociology of Community Life (2001, Kwansei Gakuin University Press).

(Updated September 2012)


Stories from This Author

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Nikkei Chronicles #1—ITADAKIMASU! A Taste of Nikkei Culture
NIKKEI and culinary culture

Sept. 18, 2012 • Takeo Yamamoto

Below, we will consider the characteristics of Japanese food. The intention is to consider whether there are commonalities or shared areas between what NIKKEI people normally imagine and think about Japanese food and what I will point out below, and even if there are no commonalities or shared areas, whether there are any parts that NIKKEI people can agree with and accept. Furthermore, I would like to consider why such results are reached. In doing so, I believe that the …

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Stories of Students Coming to Japan - Migration Research by Members of the Migration Research Group
Part 2: The Journey of a Second-generation American

May 15, 2009 • Takeo Yamamoto

"I studied humanity at Kwansei Gakuin, Japan at Waseda University, and the world at Oxford University." This is a passage from the words of Ryutaro Nagai1 ) , a civil rights politician who served as Minister of Communications and Minister of Colonial Affairs. The following is a short essay about Carl Akiya Ichiro (1909-2001, titles omitted), a second-generation Japanese American who graduated from Kwansei Gakuin and whose words are mentioned in the passage.2 ) 1. To Japan with my mother, …

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第1回 マイグレーション研究会メンバーによる移民研究あれこれ

May 14, 2009 • Takeo Yamamoto

以下、9回に亘って、われわれマイグレーション研究会メンバー有志による、移民研究の成果の一端を発表させていただきます。お読み下されば幸いです。 1)マイグレーション研究会は、歴史学・地理学・経済学・人類学・社会学・宗教学・文学などを専攻する、おもに関西居住の学徒が移民・移住に関わる 諸問題を互いに協力しあって調査・研究しようとの目的で、2005年に結成された研究会であります。もっとも、その前身は、それまで長く続けられてきた関 西移民研究会に遡ります。どちらかと言えば、インフォーマルな研究集団であった先の関西移民研究会を発展的に解消して、装いも新たにフォーマルな研究会に 衣替えをしたわけであります。研究成果を毎年度末に印刷・公表すること、一定の共通テーマのもとにメンバーが数年に亘って共同研究をおこなうことなどが、 新たな試みであります。研究会は、移民・移住に関心をもつ同好の士に開かれた、入・退会の自由なオープンな組織で、2009年3月現在、60名弱の会員を 擁し、年4回の研究例会と1回の1泊の合宿形式による報告会を開き、そこでの成果は『マイグレーション研究会 会報』に収められています。これまでに会報 は3回発行され、現在、第4号にむけて準備が進んでいます。 「1930年代における来日留学生の体験:北米および東アジア出身留学生の比較から」を共通テーマとする共同研究最中の2007年、研究会のメン バーである山本岩夫氏に全米日系人博物館のディスカバー・ニッケイから原稿の依頼がありました。研究会では熟慮検討の末、共同研究参加者の有志が各自の研 究成果の一端を発表することで、このお申し出にお応えしようではないかということになり、今日を迎えたわけであります。この機会を与えて下さったディスカ バー・ニッケイ関係者の皆さまに感謝を申し上げます。 2)共同研究のテーマである「1930年代」、「留学生」、「東アジア」について、若干の背景説明をしておきたいと思います。 1880年代後半以降、出稼ぎを目的に渡米した日本人の多くは、紆余曲折の末、現地社会に定住する途を選びました。出稼ぎから定住にいたる過程の分 析や論考はたいへん関心を誘うテーマですが、別の機会に譲り、ここでは次の点のみを指摘するに留めておきたいと思います。それは、現地社会への定住過程 は、家族が誕生し、学校が設立され、日本人会・県人会・各種の職業集団などが本格的に活動をはじめ、という風に諸々の組織・制度の確立やそれら組織・制度 の活発な展開と互いに絡み合って、言いかえれば、この定住過程と組織・制度の確立や展開とは互いに因となり果となって、歩んでいった、ということでありま す。こうして形成された日本人コミュニティの担い手や日々の行動の主役は、当然のことながら、渡米した第1世代(以下、1世と記します)であり、彼らの子 供である第2世代(以下、2世と記します)の多くはまだ幼く、脇役に甘んじていました。それは、1910年代に1世の多くが結婚したこと、したがって2世 がその頃多数誕生したこと、そのためもあって、1920年にはいわゆる写真結婚による花嫁の入国が禁止されたこと、などから傍証される、といえましょう。 彼ら2世が日本人コミュニティにおいてその存在感を増し始めるのは、1930年代後半以降であります。そして、やがて世代の交代を迎えることになります が、その転機は、日本軍による1942年のパール・ハーバー攻撃であった、と申せましょう。 成人した2世が、米国市民としての、そして日系アメリカ人としての権利を主張するために結成した組織に、1929年設立のJACLがあります。組織された 当初は大して影響力を持たない2世の親睦団体的存在と見られていましたが、パール・ハーバー攻撃を契機に、それまで日系人コミュニティをリードしてきた、 日本人会・日本語学校・仏教会など主だった組織の担い手が逮捕・勾留されるにおよんで、英語の出来る2世集団が1世に代わって矢面に立たされることが多く なってきました。JACLが脚光を浴び、やがて主役を演じるのは時間の問題でありました。JACLのメンバーやリーダーは、年齢的にはやや年長、高学歴 的、都市居住者、弁護士・歯科医などの専門職従事者を特徴とし、自分たちは米国人であるとの強い帰属意識を持ち、国家への忠誠・貢献をモットーに、いわゆ る米化志向・中流志向・主流化志向を持つエリート層であった、といえましょう。 このJACLメンバーと考え方を異にする2世集団として、幼年・青年期を日本で過ごし、そこで教育を受けた後、帰国した、いわゆる帰米2世と呼ばれ る集団があります。この集団は、いつ頃日本に滞在していたかによって、さらに2グループに分類できます。ひとつは、1920年代末から30年代に帰米した 人で、彼らは、自由主義的・急進主義的政治思想の波が日本国内に拡がりつつあった、そういう時期に日本で勉学に励み、その思想に影響・感化された人たちで あります。労働運動に身を投じた人もいました。もうひとつのグループは、1930年代に成人に達し、同年代末から1940年にかけて帰米した人たちであり ます。国民を戦争に動員するための神道的・国家主義的考え方が浸透していた時期に日本で教育をうけた若い彼らが、忠君愛国的考え方に染まって行くのは当然 の成り行きであったといえましょう。親日的な彼らは先の帰米2世ともJACLメンバーとも対立し、1世に近い考え方であった、といわれています。共通テー マの「留学生」がこれら帰米2世を指していることはいうまでもありません。 こうした点で第2次世界大戦前夜の1930年代の日系アメリカ人の動向を、留学生に焦点をあて複眼的・学際的に研究することに意味がある、といえましょう。 3)次に東アジアについても簡単にみておきましょう。当時の日本の状況はどうであったのでしょうか。満州事変(1931年)を契機に日本は、以後、 15年にも及ぶ戦争の時代に突入することになります。その間、日本は、国際的には、いわゆる協調路線から孤立化への道をまっしぐらに進むことになります。 敗戦までのこの15年は、換言すれば、世界経済のブロック化に対応して日本が独自の勢力圏を構築しようとした時代で、満州国建設、大東亜共栄圏樹立という 発想が欧米列強との対立・日本への経済制裁を招き、そのことが日本の武力行使を正当化させ、という風にドロ沼化した悪循環がみられた時代でありました。他 方、国内的には、政党政治の崩壊と軍部の台頭が顕著になり、民主主義・自由主義的な考え方は排除され、軍国主義・超国家主義的思想・行動様式が蔓延しはじ めました。こうした動きは日本経済や国民生活を圧迫することにつながり、その打開策としてとられたのが三国同盟締結や東南アジアへの侵略政策であり、それ らが引き金となって、太平洋戦争に突入していくことになります。しかもこうした動きは、明治期からの動きの延長上にあったといえましょう。 この点を少し東アジアの人たちの側 に立って振り返ってみますと、1910年の日韓併合以後1930年代にかけて、多くの朝鮮人が来日を余儀なくされました。とりわけ1930年代、中国大陸 侵略への前線基地と捉えられた朝鮮各地農村の破壊は著しく、生活基盤を失った農民は賃金労働者として日本に来ざるをえなかったからであります。その後、こ の状況は戦時体制強制連行に繋がってゆくわけであります。こうした農民とともに、留学生の来日もみられはしましたが、その数は多くはありませんでした。来 日留学生が増加し始めるのも1930年代になってからであります。皇民化政策で留学が奨励されたためといわれています。何のための留学だったのでしょう か。興味をそそられます。もっともこの時期、朝鮮人も、日清戦争後割譲された台湾人も日本帝国の臣民でありました。満州・台湾についても論じるべきです が、紙幅の関係で先を急ぎます。 4)以上を踏まえて、これから9回にわたってなされる論考をお読みいただければ幸いであります。各論考は、以下の視点のいずれかを、意識的であれ、 無意識的であれ、あるいは、明示的であれ、暗示的であれ、踏まえて論じられているかと思います。それは、北米・ハワイや東アジアからの留学生が、1)どう いう経緯・背景のもとで、どういう意図や目的を持って来日したのか、2)日本で実際に何を学び、また、経験したのか、あるいは、何を得、何を失ったのか、 3)彼らを取り巻く周囲の人々――来日前の出身国社会ないしはそこの人々、あるいは来日後の日本社会ないしはそこの人々――の反応はどうであったか、4) 日本に留学したということがその後の人生に、プラスであれマイナスであれ、どのような影響を与えたか、ということであります。 さらに、各論考はこうした視点のいずれかを、以下の3つのレベルでのいずれかに重点を置いて捉えている、といえましょう。第1はマクロレベルであ り、これは、留学生を国家レベルで捉えるものであり、双方の国家が諸々の政策を遂行していく上で、来日留学生をどのように位置づけていたか、に注目するこ とになりましょう。第2はメゾレベルで考えることであり、これは、ある地域社会レベル(例えば広島県など)や制度・機関レベル(たとえば学校など)で来日 留学生を考えることであります。特定の地域や機関と留学生との関係が問われることになりましょう。第3はミクロレベルで捉えるものであります。これは留学 生を個人のレベルで考えことであり、個人のライフヒストリーやアイデンティティを問題とします。

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