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https://www.discovernikkei.org/en/journal/2012/6/18/kenjinho/

第一話 ケンジンニョはブラジルを発見した!

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新しい学校での初めての日、大変な下痢のため、少年は学校に行けなかった。

母親は心配した。フェイジョアーダがあたったのかと思った。

しかし、少年は内心ではちゃんと分かっていた、どうしてそうなったのか。前の学校の友だちは言った。「向こうはガイジンだけだよ」

「どうしよう?」今までずっと山に囲まれた小さな町に暮らしていた少年は地球の反対側にやってきた。「イラセマばあちゃんの家ではさっぱり分からない言葉でみんなが話す。学校でも同じなのかなぁ」と、とても不安だったのだ。

気持ちを入れ替えて次の日には学校へ行った。母親は学校の門まで一緒だった。少年は焦って、母に「チャオ」も言わずに校門をくぐった。

校庭は少年と少女であふれていた。

チャイムが鳴ると、みんなが一斉に教室に向かった。

少年は4年C組の教室を探し始めたが、ドアーには何にも書いてなかった。戸惑っていたら、後から誰かに肩をたたかれて「ここだよ」と教えてもらった。近所に住んでいるいとこのルカスだった。彼はずばぬけて体が大きく、少年は近くにいるだけで心強かった。

教室に入ると、そこも校庭のようにがやがやしていた。一番前の席が空いていたので、少年はそこに座った。

しばらくして女の人が入って来た。大きなバッグからケイタイを出して、机の上に置いた。少年は驚いた。前の学校ではケイタイは禁止。先生でさえ持っているのを見たことがなかった。「ブラジルって何でも違うんだなぁ」とビックリ。

先生は出席を取り始めた。生徒たちはまったく無関心。先生に背中を向けてゲームをしている子もいた。おしゃべりしている子も。

まもなく「マテウス・ケンジ・ハラダ」と呼ばれ、少年は立ち上がって大きな声で「ハイ」と返事をした。

それまで下を向いていた先生が前を向いて、少年を見つめ、何かを言った。

すると、クラス全員が笑った。少年は何が何だか分からなかった。恥ずかしくてたまらなかった。

家に戻ると、イラセマばあちゃんが玄関で待っていてくれた。「おいしいケーキあるから手を洗って来なさい」とやさしく頭をなでてくれた。

少年はわーわーと大声で泣いた。「すぐ慣れるから我慢をし」イラセマばあちゃんは慰めるしかなかった。

1ヶ月たった頃、少年は学校を楽しいと思うようになった。と言ってもそれは休み時間のことだった。わずか20分だったが、少年は解放された気分でいた。給食を急いで済ませ、あとはボールで遊んでいた。ルカスといつも一緒だった。

しかし、授業中は本当に辛かった。先生は早口で、ほとんど聞き取れなかった。黒板に書くのも早くて、全部書き写せなかった。毎日のように少年は母親に訴えていた。

母親は仕事探しに追われていたが、学校に行って校長先生に面談した。校長先生はすぐに担任の先生を呼び、少年について尋ねた。先生は自分のクラスに外国から戻った生徒がいることを知らなかった。

「うちの子は日本生まれです。今まで日本にいたんです。日本の学校が大好きで、ブラジルに来るのを嫌がっていたんです。それなのに・・・」声を震わせて泣き始めた。二人は心配そうに近づいて、肩に手を置いて、椅子を勧めた。

「お母さん、落ち着いてください。どうぞ、差支えなければお話しをつづけてください」

その時、担任の先生は職員に呼ばれた。教室に先生がいないので、生徒同士がけんかを始めたと。

「うちの子は何てかわいそう!こんな遠いブラジルに無理失理に来させたあの卑怯者・・・」

母親は怒りで目をぎらつかせていた。立ち上がって、話し続けた。

「ケンジが生まれるまで私も働いていました。夫と同じ工場で。仕事はきつかったけど、生まれる子どものためにがんばりました。やがて、ケンジが生まれ、私は家で子どもの面倒を見ながら、内職を始めました。同じブラジル人のためにブラジルのケーキやパイを作って家計を助けました。幸せな毎日でした」

母親の表情は和らいだ。校長先生はコーヒーを差し出したが、母親は夢中だった。

「ちょうど半年前, 私の人生は何もかも狂ってしまった。夫が家を出て行った。工場も辞めて、行方が分からなくなったんです」

すると、校長先生は時計ばかり気にし始めた。

「それから一ヶ月たった頃、ケンジが学校から戻ると、父親が家の前で待っていたんです。ブラジルに帰った方がいいと、ケンジにお金を渡して去っていきました」

「お母さんはケンジのお父さんに会えなかったのですか」

「あの日はブラジル人の店の奥で髪のカットやマニキュアのアルバイトをしていました。帰りは夜の10時過ぎだったので・・・」

校長先生はそわそわ、再び時計を見た。「あのね、お母さん、安心してください。先生にはよく話しておきます。ケンジは子どもだからすぐに慣れますよ。信じてください」

月日は経ち、少年は新しい生活に慣れていくようだった。授業はたった4時間だったが、うちに戻ってからも勉強を続けた。算数は前から得意だったが、問題がポルトガル語なので、分からないこともあった。動詞の活用も難しかったし、男性名詞と女性名詞の区別が大変!もっとも苦手なのはブラジルの歴史!ややこしいんだもん!

でも、「がんばらなくちゃ」と前向きにものを見ていた。なぜなら、二度と日本には戻らないと言い張った母親と二人でブラジルに来たんだから。ブラジル人にならなくちゃ。

日曜日の昼下がり、少年は外に出てびっくり!街が賑わっていた。黄色と緑色の小旗をひもにつるして、通りを飾っている人たちやパン屋の前で地面にブラジルの国旗を描いてそれに色を塗っていた人たちがいた。子どもたちは大勢集ってそれを見ていた。少年はルカスに誘われ、近くに行った。あんな大きくて鮮やかなブラジルの国旗を見るのは初めてだった。

その晩、イラセマばあちゃんから思いがけないプレゼントがあった。黄色のTシャツと青い帽子と黄色のヴヴゼラ。とくに気に入ったのはTシャツで大きく「BRASIL」と緑色で書いてあった。この時、ブラジルのサッカ・チームがワールドカップに参加していることを知った。

「ケンジンニョはブラジルに住んでいるのだから、ブラジル人としてブラジルをを応援しなきゃね」と、イラセマばあちゃんは少年を強く抱きしめた。

その日から、少年の世界は広がった。日本の小さな町から大きなブラジルの国へ植え替えられた樹のように、少年はたくましくなった。

そして、ブラジルのチームが初ゴールを決めた時のことだった。ケンジンニョはぴょんぴょん跳び上がって大喜び。それを見て母親はビックリ。どちらかというと内気な子がこんなにはしゃぐのは初めて!日焼けした顔にきらきらする目は宝石のように見えた。

ブラジル人がもう一人生まれた!ブラジルの大きさに負けない広い心のケンジンニョだった。やったぁ!

© 2012 Laura Honda-Hasegawa

Brazil dekasegi fiction foreign workers Nikkei in Japan
About this series

In 1988, I read a news article about dekasegi and had an idea: "This might be a good subject for a novel." But I never imagined that I would end up becoming the author of this novel...

In 1990, I finished my first novel, and in the final scene, the protagonist Kimiko goes to Japan to work as a dekasegi worker. 11 years later, when I was asked to write a short story, I again chose the theme of dekasegi. Then, in 2008, I had my own dekasegi experience, and it left me with a lot of questions. "What is dekasegi?" "Where do dekasegi workers belong?"

I realized that the world of dekasegi is very complicated.

Through this series, I hope to think about these questions together.

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About the Author

Born in São Paulo, Brazil in 1947. Worked in the field of education until 2009. Since then, she has dedicated herself exclusively to literature, writing essays, short stories and novels, all from a Nikkei point of view.

She grew up listening to Japanese children's stories told by her mother. As a teenager, she read the monthly issue of Shojo Kurabu, a youth magazine for girls imported from Japan. She watched almost all of Ozu's films, developing a great admiration for Japanese culture all her life.


Updated May 2023

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