Discover Nikkei

https://www.discovernikkei.org/en/journal/2012/09/26/

第四話 サウダーデ

ある日、キミコは息子の引越しを手伝っていたとき、思いがけない物を見つけた。引き出しの底にビスケットの缶があった。子どもの頃、たまにしか食べられなかった「Biscoitos Duchen」だった。とても懐かしく思ったが、息子の家に置き忘れた覚えはなかった。それなのに、どうしてアレックスが大事そうにしまっていたのであろうか。何が入っているのだろう、と気になった。

すると、孫のマルコが「バチャン、早く行こうよ」と呼びに来た。引越しだったので、みんなで外食。そのとき、キミコはビスケットの缶のことを息子に尋ねた。「あれは捨てていいよ。どうせガラクタだし。新築の家に古いものは持って行きたくないから」

しかし、キミコは気になっていた。捨てる前に、玉手箱を開けるかのような気持でビスケットの缶を開けてみた。

すると、何枚かの写真が出てきた。「わあ!お父さんだ!トレードマークの帽子と金縁のメガネ。その横でニコニコしているのはカルロス。それからまもなくカルロスは事故に遭った・・・」。亡くなった長男のことを思い出すのは今でも辛かった。亡き夫の写真も見つけた。40歳になるアレックスはますます父親に似てきたなと思った。父親と違って何でも前向きなアレックスに感謝した。

一番下にあったのは3通の手紙だった。キミコが子どもたちに送ったデカセギ便りだった。1988年から1990年までの2年間の、キミコが育んだ子どもとの絆の証しだった。長い間、ビスケットの缶にしまってあったので、甘い香りのする思い出の品だった。捨てるどころか宝だ。

* * * * *

エリカ、元気ですか。

日本に来てからもう半年が経ちました。あっという間でした。もちろん、エリカたちのことを思い出すとすぐにでも帰りたくなるけれど、仕方が無い、かあさんはがんばります!

仕事は姉さんが言ったようにきつくないです。お世話をする人はお年寄りばかりなので、イライラすることもありますが、いい事もあります。この間、中山さんの娘さんから美味しいケーキをもらいました。

休みのときは寮でテレビを見ています。見ていてもあまりよく分からないことが多いけど、きれいな服を着た歌手やきれいな景色などを見るのが大好きです。

最近、ブラジルについてのドキュメンタリー番組がありました。リオのスラム街やサンパウロのセー広場のストリート・チルドレンを見せていました。翌日、病院の看護婦さんに「あれは本当ですか」と聞かれて、恥ずかしくて、つい「見ていません」と言ってしまいました。

ところで、エリカは、なぜパートの仕事を辞めてしまったんですか。エリカは子どものころから何でも長続きしないから、かあさんは心配です。勉強だけは止めないでね。頼むから。

それから、テレー叔母さんのお世話になっているのだから、出来るだけお手伝いしなさい。

もう1つ、アレックスが食事をちゃんとしているのか気になります。なぜなら、あの子はハンバーガのようなものばかり好きなので。

では、また。

9月12日

かあさんより

* * * * *

エリカ、アレックスへ

みんな元気?かあさんは元気でがんばっています。

こちらはまだ秋ですが、朝夕は寒く感じます。気温はちょうどブラジルの冬のようです。そちらはもう夏ですね。なつかしいわ。

病院の休みにもヘルパー の仕事をしています。看護婦の森さんの紹介で始めました。

先週は風邪で寝込んでいた男の子の面倒を見ました。母親が仕事を休めないので、子どもは家にひとりでいました。高熱を出して、食欲がなくてかわいそうでした。でも、あなたたちによく作ったミンガゥ・デ・マイゼナを作ってあげたら、男の子は食べてくれました。あなたたちが子どもの頃、うちはそれほど余裕もなく、やっとでしたが、かあさんはちゃんとあなたたちの面倒をみることが出来て、よかったと思いました。

息子夫婦と一緒に住んでいるお年寄りのところに何回か行きました。おじいちゃんは足に怪我をして歩けないので、トイレと入浴の世話を頼まれました。お嫁さんはいつも家にいましたが、おじいちゃんの世話をしないで、テレビを見たり、電話でおしゃべりしたりしていました。おじいちゃんは悲しそうでした。

もうひとりのお年寄りの家にも行きました。はじめてそのおばあちゃんと会ったのは病院でした。風邪をこじらせて肺炎になったので入院されていました。今度はどうしたのか、と心配でしたが、おばあちゃんは笑顔で迎えてくれました。

部屋に入ると、テーブルには小さなケーキがありました。おばあちゃんは私に椅子を勧めてくれ、「もうすぐ桃ちゃんが来るから待ちましょう」と、とてもうれしそうでした。

私は何が何だか分からなくて立ったままでした。すると、チャイムが鳴ったので、ドアを開けにいくと、外にはかわいい女の子がいました。

「桃ちゃん、お入り」と、おばあちゃんは大歓迎。女の子は恥ずかしそうに手に持っていた一枚の紙を渡しました。おばあちゃんはそれを大事にテーブルの上に置き、嬉しそうに眺めていました。桃ちゃんが描いた絵でした。たくさんのお花の真ん中に丸い顔のおばあちゃんがいました。真っ赤な口紅をしてニコニコ笑っているおばあちゃんでした。

おばあちゃんはケーキを私と桃ちゃんに勧めてくれました。

すると、外から「桃、早く戻りなさい。おばあちゃんの邪魔をしてはいけません」と。女の子は急いで出て行きました。

後で知ったことですが、そのおばあちゃんは息子一家と暮らしていました。2年前、お嫁さんの実家に向う途中、息子夫婦と5歳の孫娘が事故に遭って、3人とも亡くなったそうです。それ以来、おばあちゃんはひとり暮らしで、いつの間にか、隣りの桃ちゃんを自分の孫のように思うようになったようです。

このようなおじいちゃんやおばあちゃんと出会ってから、かあさんは考えるようになりました。生きるためにお金だけが大切なのかと。もちろん、お金がなければ生活ができないけれど、「愛」がなかったら、なんと寂しいこでしょう。

かあさんの帰りを待っていてください。働きながら勉強もして、希望を持って待っていてください。エリカとアレックスはかあさんの宝物。どんなに遠くにいても、離れ離れでいても、私たちは皆家族。大事な家族。これだけは忘れないでください。

11月20日

かあさんより

* * * * *

アレックスへ

今日は病院が最後の日でした。

思ってもみなかったのだけど、送別会までしてもらいました。花束やお菓子のプレゼントまでいただきました。みなさんとお別れの挨拶をして、病院を出ようとしたときに、後から「ボス」が駆けて来ました。「ボス」とは看護婦のチーフで、私はこの2年間その人に嫌われていると思っていましたが、この日は、別人に見えました。「また機会があったら、日本に来てください。日系ブラジル人はまじめで、働き者で今の日本には必要な人材です」と言いながらプレゼントまでくれました。かあさんは、思わず、感動して、涙ぐんでしまったので、「ボス」の顔がはっきり見えませんでした。

日本に2年間もいたんだわ。ちょっと信じられないけど。長かったような短かったような、楽しく充実した期間でした。

今は荷造りに追われています。日本にはもう戻らないと思うから、お爺ちゃんの故郷に行ってみたいとは思うけど、親戚もいないし、どうしようかと決めかねています。

ところで、エリカとは一年以上会っていないというのは本当ですか。かあさんは心配でなりません。テレー叔母さんは一回り年下のダンナさんと新婚ホヤホヤなのは分かっていますが、でも、エリカはそれまで一緒にいたんでしょう。今になってエリカの行方が分からないままほって置くとは納得できません。とにかく、この問題はブラジルに戻って解決するつもりです。

仲がよさそうな親子を見ると、かあさんはうらやましくなります。先週、中山さんと娘さんが訪ねてきてくれました。2人は香港に買い物旅行に行き、素敵なハンドバッグとセーターをプレゼントしてくれました。娘の恵美さんは前より若々しくなり、私たちは話もたくさんしました。6月に結婚すると言っていました。その頃、私はもう日本にいないと言ったら、2人はがっかりしたようでした。私も残念です。一度、日本の結婚式が見たかったのに。

今日は、このへんで。続きはブラジルでね。

では、11日、午前5時にサンパウロで。チャオ!

3月4日

かあさんより

* * * * *

ふるさとを離れたデカセギ達
家族の絆は 電話一本のALÔ
・・・届かないALÔ・・・
つながらない言葉&気持
工場は汗と涙の戦場
みんな がんばれ
はやく はやく はやく
帰りたい はやく 会いたい

世界でたった1つだけの言葉
S A U D A D E

 

© 2012 Laura Honda-Hasegawa

Brazil dekasegi fiction foreign workers Nikkei in Japan
About this series

In 1988, I read a news article about dekasegi and had an idea: "This might be a good subject for a novel." But I never imagined that I would end up becoming the author of this novel...

In 1990, I finished my first novel, and in the final scene, the protagonist Kimiko goes to Japan to work as a dekasegi worker. 11 years later, when I was asked to write a short story, I again chose the theme of dekasegi. Then, in 2008, I had my own dekasegi experience, and it left me with a lot of questions. "What is dekasegi?" "Where do dekasegi workers belong?"

I realized that the world of dekasegi is very complicated.

Through this series, I hope to think about these questions together.

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About the Author

Born in São Paulo, Brazil in 1947. Worked in the field of education until 2009. Since then, she has dedicated herself exclusively to literature, writing essays, short stories and novels, all from a Nikkei point of view.

She grew up listening to Japanese children's stories told by her mother. As a teenager, she read the monthly issue of Shojo Kurabu, a youth magazine for girls imported from Japan. She watched almost all of Ozu's films, developing a great admiration for Japanese culture all her life.


Updated May 2023

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