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ベリナ・ハス・ヒューストン~自らをアメラジアンと呼ぶ日系2世の劇作家 -その4

>>その3

戦争が世界にもたらすものを見つめる

日本人とアメリカ軍人との間に生まれたヒューストンにとって、戦争は、人種と同様、大きなテーマである。2007年に、戦争をテーマにした「ヒロシマよ、アフロディテよ―女と影―」が、ロサンゼルスで初演され、昨年(2008年)の8月には日本でも、練馬区にある「ブレヒトの芝居小屋」でリーディングの形での翻訳版が上演された。

練馬区「ブレヒトの芝居小屋」での2008年公演のチラシ

1955年5月、被爆した25人の女性たちが、ケロイド治療のために渡米し、1年半の間に計138回の形成手術が施された。「ヒロシマよ、アフロディテよ」は、原爆乙女(Hiroshima Maiden)と呼ばれる彼女たちから着想を得て書かれた作品である。

物語はケイコ・キムラとシズコ・キムラという姉妹を中心に展開する。姉のケイコはプライドの高い欧米志向の美人で、意中の男性もいた。一方シズコのほうは生真面目で器量もそれほどでなく、いつも姉の影にいるような存在だった。

そんな2人が広島の原爆で被爆する。ケイコは髪が焼け落ち、頭皮が損傷し、着ていた白い着物の色柄が皮膚に食い込んでいた。ハンセン病患者のように扱われる中で、教会だけが2人を人間として扱ってくれた。そして被爆後10年間、2人は教会の地下で暮らし、孤児たちにボランティアをしていた。

シズコはキリスト教という信仰を得て、生きる希望を見出したが、美しさを失ったケイコは人生に希望を見出せず、アメリカに行って手術を受けたらどうかという医師の誘いにも同意しかねていた。以下、2人の会話である。

シズコ:彼の思い出で死ぬ必要もないでしょう。
ケイコ:私は生きてるわよ。でも、早く死にたい。今は孤児のために役立っていたいけれど、早く、静かに死にたい。
シズコ:アメリカで手術を受ければもっと子どもたちの役に立つかもしれないじゃない。わからない? 顔を隠さなくて済むかもしれない。手も自由に動くようになるかもしれない。髪もまた梳かすことができるかもしれないじゃない。姉さんの髪を梳かしたい。
ケイコ:私たちの髪は生えてきそうにないわね。
シズコ:まず私たちが自分たちの面倒をみなきゃ、お互いの面倒も見られないし、人の面倒なんてみられない。(間)以前、姉さんは希望にあふれていて、世界を変えようとしていた。
ケイコ:シズコ、まわりをご覧なさいよ。復興はなかなか進まない。木だって花だって、なかなか元に戻らない。
シズコ:でもキョウチクトウは違う。覚えてる? 数ヵ月後にはもう育ちはじめたでしょ。キョウチクトウのようにならなきゃ。
ケイコ:失われたものを復元する美の力っていうのにだまされた。
シズコ:誰がうそをついたっていうの? 私じゃないわよ。失われたものを戻せるのは信仰の力だけ。
ケイコ:戦争はすべてをだめにしてしまう。まず最初が希望。あの日、なぜ川の水を飲ませてくれなかったの? 飲んでいれば死んでいたはず。今みたいに半分死んでいるんじゃなく。
シズコ:私もあの水を飲もうと思った。でもあの時姉さんを見て、死んだら姉さんを失うって思った。被爆して生き延びたのは平和の役に立つためよ。神様が私たちに与えた栄誉だと思う。

シズコに説得されて、2人はニューヨークに行くことなる。だが、治療を担当したエバレット医師は、麻酔薬の投与ミスでシズコを死なせてしまう。失意の中にいるケイコに、医師はグアム島で自分の弟が日本の兵士によって殺されたことを話す。医師はさらにこう続ける。

エバレット:戦争がもたらしたものは、あなたの怒りや私の怒りで消えるものではない。罪の意識でも消えはしない。私たちのいくつかの断片は永遠に失われるが、残った部分で、この宇宙のなかでバランスをとれないものだろうか。私はその機会を求めたいし、許していただきたい。それがあなたの妹さんが望んだことでもないだろうか。

アフロディテはギリシャ神話に出てくる愛と美の女神だが、一種の狂言回しのように戯曲のところどころに現れて、美と愛についてケイコと語り合っている。

ヒューストンはこの作品で、アメリカの原爆投下の是非については一切語っていない。戦争を未然に防ぐべきだとも言っていない。彼女が語るのは、戦争が起きてしまった場合、その後の人の心の在りようだ。

この作品は2007年の8月から9月にかけてロサンゼルスで初演されたが、そのときのプログラムにヒューストンは次のように書いている。

劇作家として、私は人間の苦境とそれを一生懸命乗り越えようとする力について思いを馳せ、問題を問いかけ、挑戦せずにはいられない。(中略)この作品は第2次大戦についての話であるだけでなく、現在、未来の戦争と、それが世界にもたらすことについて書いたものです。もし私たちが戦争を止められないのなら、そのあとどうしたらよいかを知ることが大切です。(中略)

戦争のあとには、国を立て直し、人間の心を回復させるために、さまざまなかたちの美が必要です。広島原爆乙女計画は、戦争の傷跡を癒すための核戦争後の重要な博愛主義的努力の中で、日本とアメリカという2つの敵対しあっていた国を結ぶ親善事業の一つでした。この事業は私たち人間に希望と勇気を与えてくれるはずです。

その5>>

*本稿は、時事的な問題や日々の話題と新書を関連づけた記事や、毎月のベストセラー、新刊の批評コラムなど新書に関する情報を掲載する連想出版Webマガジン「風」 のコラムシリーズ『二つの国の視点から』第7回目からの転載です。

© 2009 Association Press and Tatsuya Sudo

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About this series

There are approximately 3 million Japanese people living overseas, of which approximately 1 million are said to be in the United States. Japanese people in the United States, which began in the latter half of the 19th century, have at times been at the mercy of bilateral relations, but through their two cultures, they have come to have a unique perspective as Japanese people. What can we learn from these people who have lived between Japan and the United States? We explore the new worldview that emerges from the perspectives of the two countries they hold.

*This series is reprinted from Renso Publishing 's web magazine "Kaze," which features information about new books, such as articles linking new books to current issues and daily topics, monthly bestsellers, and columns reviewing new books.

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About the Author

Lecturer at Kanda University of International Studies. Born in Aichi Prefecture in 1959. Graduated from the Faculty of Foreign Studies at Sophia University in 1981. Graduated from Temple University Graduate School in 1994. Worked at the International Cooperation Service Center from 1981 to 1984. Lived in the United States from 1984 to 1985, and developed an interest in Japanese-American films and theater. Has been involved in English education since 1985, and currently lectures at Kanda University of International Studies. Since 1999, has presided over the Asian American Studies Group, holding study meetings several times a year in Tokyo. His hobbies are rakugo and ukulele.

(Updated October 2009)

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