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The Nikkei of Latin America and Latino Nikkei

多文化共生という議論の中の日系人

ヨーロッパ諸国やカナダでは、かなり多文化共生という概念が定着しており、近年ではここ日本でもよく耳にするようになった。移民が多い国々では、特 にこの概念をもとに外国人と地元住民の共存関係を模索してきた。多文化共生とは、市民や社会レベルでの文化的多様性を指しており、異なった民族や人種の基 本的人権(この中には国連で採択されている人権規約等の普遍的な権利も含む)、市民権、社会権、参政権の獲得、及びその行使の保障を意味している。

しかし、国や社会の地域性や歴史的背景等によって、この聞こえの良い概念も一概に同じような方法で解釈し、全ての内容を適用するには限りがある。い くら普遍的な国連人権規約といえども、宗教等の異なった移民が規約の一部を拒否することもあれば、逆に受け入れ社会が文化的・伝統的・歴史的事由等から移 民を平等に扱えない又は扱いたくないケースもある。

また、現代の移民の流出入は、非常に流動的である。以前であれば、途上国から先進国へという流れだけであったのが、現在は、交通手段の便利さとコス ト安ゆえに、少しでも所得の高い国へと、一時的又は半永久的に、簡単に移動ができる。外国人移民を積極的に受け入れない国であってもメリットがあると判断 されれば、合法・非合法を問わず、入国の糸口を模索し移民は流入する。その結果、今まで存在しなかった異なった言語、人種、思想、ライフスタイル、文化、 伝統、歴史、宗教をもった人々が、必然的に地域社会に入り込んでくる。受け入れ国の産業構造にもよるが、移民は集住し、地域社会への影響は無視できなくな る(欧米の場合、ゲットー化しているケースも目立つ)。こうした状況の中、日本には具体的な移民政策や外国人に対する社会統合政策もない。

日本における一般の外国人の受け入れは、1990年の法改正を機にはじまった。80年代後半の製造業等の深刻な労働力不足を補うため、大量の南米諸 国日系人が移民として受け入れられた。それまで禁じられていた非熟練労働の現場には外国人労働者が増え、その傾向は今も続いている 。当初単身赴任として日本へ入国した日系就労者も、家族を呼び寄せ、又はこの日本で家庭を築くようになった。欧米のように、永住し帰化する者も多い2 。一時的な「デカセギ」が今や「移民」になったと言える。このような傾向は教育水準や熟練度が低い者によく見られる。本国に戻っても、労働機会が少なく、生活水準の上昇が見込めないからである。例外はあっても、ほとんどが移民先に残るか別の移民先を求めるのだ3

現在、日本で働いている南米系の日系就労者は約40万人近くになり、200万人という在日外国人人口の20%を占める4 。こ の就労者たちは、自動車・部品メーカー、建設、加工食品業等が集中している地域に居住している。こうした移民(日系就労者)が集住している自治体が20以 上存在する。これらの自治体は、互いに外国人施策の情報交換や実態把握の調査を行うため、「外国人集住都市会議」を立ち上げた。前回の会議は、岐阜県美濃 加茂市で開催された5

健全で調和の取れた共存社会を構築しようと、1990年代にはすでにこうした外国人住民との諸問題(ゴミ分別問題、騒音問題、団地でのマナー、子弟 の教育等)を議論するため、各当事者からも意見を聴取し、外国人達をも含む会議・検討会等を行う自治体が存在していた。その仕組みや応募方法は自治体に よって異なるが、一番先に立ち上げたのが川崎市で「川崎市外国人市民代表会議」がそれである。1998年には、筆者も一期目の委員を務めた神奈川県の「外 国籍県民かながわ会議」が設置された6 。他の自治体でも類似した諮問的な会議はあるが、実際の対応は国際交流協会等の外郭団体を通じて行っているケースが多い。

近年は「多文化共生」に関する提言や推進プログラム、方針等が条例や指針に明文化され、少なからず前進が見られる。外国人住民も地域住民であるとい う前提で、生活相談、労働相談、住宅相談、子弟の教育相談等について、多言語で対応している。NGO等の活動も活発で、非常に重要である7

こうした試みは、国レベルでも行われている。1991年に労働省の外郭団体を通じて「日系人雇用サービスセンター」が立ち上げられ、2002年まで 約12年間外国人の労働問題に対処してきた。現在は、労働相談や職業紹介については、各地の職業安定所や労働基準監督署で継続されており、生活相談に就い ては、(財)海外日系人協会の中にある「日系人相談センター」が電話相談に応じている8

数年前、総務省によって「多文化共生の推進に関する研究会」が設置された。この研究会は、約2年前に「地域における多文化共生の推進に向けて」という題名で報告書を公表しており、これが各地方自治体の多文化共生・国際化施策に少なからず影響している9 。この報告書によると、地域における多文化共生とは、「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」と定義されている。

異なった人種・文化を持つ者、日系人のように同じ人種であっても海外(主に南米)で生まれ育った者が、地域社会の人口の10%近くまたはそれ以上を 占めるだろうとは、10数年前の日本では想像もできなかった社会現象である。当然、自治体としても地域社会としても何から優先的に対応したら良いのか分か らないのが現状だ。国策として移民の受け入れについて真剣に議論も調査もして来なかった日本では、違いを認め合う前に、日本の制度的な仕組みや法体系、風 習等を理解してもらうことの方が先決である。

多文化共生とは、互いに学び合い、妥協し合い、交渉し合い、共有できるものを提供し合うこととなる。移民の存在によって移民先の社会を文化的・経済 的に豊かにすると言うことも忘れてはならない。一方的な思い込みや実態を把握・反映していない理念や、安易にその違いだけをホスト社会に対して強調するだ けでは、調和のとれた共生はありえない。学び合うというプロセスには当然摩擦や対立は避けられないが、こうした多大な精神的な負担を両者に覚悟してもらわ ねばならない。

移民によって国づくりをしてきたラテンアメリカ諸国は、移民に対して受け入れの法整備はあっても、定住や生活に対する優遇政策、多文化共生施策等は、全くと言っていい程なかったし、今も特にない10 。 現実が突きつける制度的な限界、社会的・経済的格差、欧米以外の人種に対する偏見や差別意識というのは、今も間接的に見えない形で続いている部分もある。 同じ文化圏で、同じ言語を持っている隣国から来る移民に対してでさえ、決して誇れる「多文化共生」とは言いがたい事例もたくさんある。それでも、人は越境 して少しでも安定した生活と、安心できる将来を築こうとしてするのである。

グロバリゼーションは、以前より人の流出入を可能にし、期待を持たせ、楽観させてしまう「幻想効果」を持っている。物理的には、異なった文化や言語 の人を近づけさせる力もあるが、異なった体験や考え方・生き方を同じテンポで理解できるようにはしてくれない。このような世界で、違いをあまりにも強調し 過ぎると、多大な労力と精神力を要求する移民集団との共存は、その対象者を隔離又は追放した方が無難だと思わせてしまう地域住民や政府(自治体又は国)の 動きを、むしろ助長してしまう恐れがある。また、そうした施策に直接関わっている人達の空回りと自己満足だけになってしまうこともある。

だからこそ移民してきた外国人は、あまり暖かく受け入れてくれないホスト社会であっても、自分たちの存在とその言動がどのように受け入れられ、社会 で何がプラスに、又はマイナスになっているのか考えていかなければならない。独自文化を維持しながらも、順応していくしかない状況もたくさんあり、摩擦や 不公平を体験しながらも、一つ一つの権利や社会の制度的恩恵を勝ち取り、地域住民として尊敬されるように頑張るしかないのである。これが、海外に移民した 日本人とその子孫「日系人」が、“多文化共生”という言葉さえなかった時代から、違いを付加価値にしたことで、一世紀以上にわたって残してくれた大事な教 訓である。いずれにしても、これが比較的成功してきた移民の特徴でもあるのだ。

注釈:
1. 日系就労者の数は、実質的に成人の入国者が増えているわけではなく、日本で出産している者が増えており、統計上は、プラジル人やペ ルー人の人口は増えている。現入管法は、日系三世までしか入国・滞在を認めていないため、これ以上大幅に新規の日系人が増えることは物理的にない。

2. 帰化するということは移民先の国籍を取得することであるが、国と国との法制度の違い等によって多重国籍になることもある。

3. どれだけが移民先に定着し、本国に戻るからは様々な要素に左右されるが、全体の7割ぐらいは残るとされている。南米諸国の場合、現在経済的にも回復しつつ あり、平均失業率も8%台に収まっているが、正規雇用率やブラック労働率は相変わらず高く、そうしたインフォーマル的な部分が市場の半分かそれ以上であ る。また、若年層や女性の失業率は平均の倍以上であり、賃金も低く、非正規雇用もスキルアップが難しい労働生産性の低い分野でしかない。

4. 2006年12月末の統計によると、国籍別でみるとブラジルが32万人、ペルーが5万8千人、ボリビアが6千人、アルゼンチンが3千8百人である。19歳 から64歳までの就業人口を推計すると27万人になりm、15歳以上を含むと28万5千人になる。在留資格からみると9割が日系就労者とその家族に当ては まり、製造業や建設業、加工食品業に従事している。

5. 外国人集住都市会議: http://homepage2.nifty.com/shujutoshi/

6. 川崎市「外国人市民施策担当」&川崎市外国人市民代表者会議: http://www.city.kawasaki.jp/25/25zinken/home/gaikoku/index.htm , http://www.city.kawasaki.jp/25/25zinken/home/gaikoku/kaigi/index.htm
外国籍県民かながわ会議: http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/kokusai/seisaku/gaikokuseki/gaikokuseki-index.htm

7. 自治体等及び民間の相談窓口:
東京都:http://www.tokyo-icc.jp/map/nihongo.html
滋賀県国際交流教会:http://www.s-i-a.or.jp/advice/index.html
群馬県太田市:http://www.city.ota.gunma.jp/gyosei/0020a/007/01/sodan-j.html
東京都新宿多文化共生プラザ:http://www.shinjukubunka.or.jp/tabunka/japanese/soudan/index.html
神奈川県: http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/rosei/soudan/netosoudan/gaikokujin.html
東京外国語大学「多言語・多文化教育研究センター」Center for Multilingual Education and Research: http://www.tufs.ac.jp/blog/ts/g/cemmer/
NPO 多文化共生センター大阪: http://www.tabunka.jp/osaka/forum2007.html
NPOかながわすまいサポートセンター http://sumasen.com/
AMDA 医療相談:http://homepage3.nifty.com/amdack/

8. 外国人雇用サービスセンター http://www.tfemploy.go.jp/http://www.tfemploy.go.jp/jp/coun/
名古屋外国人ジョブセンター http://www.pref.aichi.jp/shugyo/sigoto/gaizin.html
日系人相談センター http://www.jadesas.or.jp/consulta/index.html

9. 総務省「多文化共生の推進に関する研究会 報告書 ~地域における多文化共生の推進に向けて~」: http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/060307_2.html
全国市町村国際文化研修所: Japan Intercultural Academy of Municipalities
JIAMメールマガジン 明治大学商学部 山脇啓造 教授: http://www.jiam.jp/melmaga/newcontents2/newcontents.html

10. 日本が行っているような多言語相談窓口や情報提供という施策はない。外国人を差別した場合への人権擁護局や市民擁護官事務所の窓口やNGO、宗教団体等の 相談窓口、弁護士会の相談コーナーみたいなものはあっても、多言語で対応するものはない。ただ、2国間の社会保障協定や二重国籍協定等については、政府も かなり積極的な姿勢を見せている。また、不法滞在者に対する恩赦的な「合法化措置」も定期的に実施している。

© 2008 Alberto J. Matsumoto

About this series

Lic. Alberto Matsumoto examines the many different aspects of the Nikkei in Japan, from migration politics regarding the labor market for immigrants to acculturation with Japanese language and customs by way of primary and higher education.  He analyzes the internal experiences of Latino Nikkei in their country of origin, including their identity and personal, cultural, and social coexistence in the changing context of globalization.