「ノーノー・ボーイ」の世界を探る
太平洋戦争を挟みアメリカで生きた日系アメリカ人二世、ジョン・オカダ(John Okada)が残した小説「ノーノー・ボーイ(No-No Boy)」。1971年に47歳で亡くなった彼の唯一の作品は、戦争を経験した日系アメリカ人ならではの視点でアイデンティティをはじめ家族や国家・民族と個人の在り方などさまざまなテーマを問う。いまも読み継がれるこの小説の世界を探りながらその魅力と意義を探っていく。
このシリーズのストーリー
第13回 五章、日本からの手紙
2016年7月22日 • 川井 龍介
イチロー・ヤマダの母は、戦争が終わっても日本が負けたことを信じられずにいる。その頑迷さと狂信性にイチローは腹を立て、同時にそんな母の間違いを正さず、あたらず触らずの態度をとっている父の態度にも腹を立てていた。 五章では、この母に対して初めて父が、正気に戻るように迫る姿が描かれる。母のもとには、日本で暮らす姉や親せきから、戦争によって生活が苦しく物的な援助をしてもらえないだろうかという悲痛な手紙が届いていた。 しかし、母はこれらの手紙はすべて仕組まれたものであって、ほんと…
第12回 第四章、傷ついた心のエミと出会う
2016年7月8日 • 川井 龍介
前向きな姿勢と良心 主人公イチローの友人で、戦場で片脚を失ったケンジにつづいて第四章では、印象的な存在として著者は女性であるエミを登場させる。同じ日系人であり若く魅力的な存在である彼女もまた、心に傷を負っている。 エミは、同じ日系人のラルフと結婚しているが、戦争が終わっても夫のラルフはヨーロッパで軍務についたままアメリカに帰国しようとしなかった。それは、兄のマイクの存在を恥じてのことだった。イチローの弟タローが、アメリカに背を向けた兄の行為を恥じるのと同じ理由からだ。 …
第11回 第三章、片脚を失った友との再会
2016年6月24日 • 川井 龍介
著者のジョン・オカダは、主人公イチローの心の葛藤を描き、同時に人間社会のさまざまな問題を読者に考えさせる。その葛藤は家族をはじめ、彼が関わっていく人間とのふれあいのなかで生まれる。 こうした人物のなかで、この章から登場する友人のケンジの存在は物語にとって非常に重く、重要になっている。 かつて学んだ大学を訪ねてみたが…… 前章で、自分と同じ“ノーノー・ボーイ”の友人、フレディーに会ったイチローは、刹那的に暮らしている…
第10回 第二章、同じ境遇の友との再会
2016年6月10日 • 川井 龍介
二年間の服役を終えて、イチローはシアトルのわが家に戻る。しかし、その帰郷はまったく心休まるものなどではなく、戦争に行かなかった者への冷たい視線を感じた。一方、日本が負けてはいないと信じる母親への憎悪は募り、その母と日本に背けなかった自分とは何かと問い苦しむ。 狂気だと、母への憎悪が爆発 二章では、一章につづき母に対する怒りと苛立ちが描かれる。戦死した日系人のボブとその母を、日本人ではなくなっため罰をうけたのだと非難する母に対して、イチローはあえて問う。そして母が答える。…
第9回 第一章、戦争が終わり、刑務所から故郷へ
2016年5月27日 • 川井 龍介
全十一章からなる「ノーノー・ボーイ」の第一章は、戦争が終わって刑務所から出て来た主人公のイチロー・ヤマダが、故郷のシアトルに戻って来たところからはじまる。徴兵を拒否して、二年間服役していた彼が、その二年間の重みを背負いながら家族と再会する。著者は、そのなかで主人公の抱える問題の本質をまず浮かび上がらせる。 自分の意志でしたこととはいえ、なぜ徴兵を拒否してしまったのか、誰のためなのか、誰のせいなのか、自分はいったい何をしようとしたのか、あるいはしたかったのか、いったい何者な…
第8回 パールハーバーの波紋~序文から読む
2016年5月13日 • 川井 龍介
アメリカのオバマ大統領が広島を訪問することが明らかになった。日米開戦によって複雑な立場に置かれたアメリカの日系人は、このことをどんな思いで受け止めたのだろうか。 振り返れば、開戦後に収容所へ送られたこと。そのなかからアメリカ軍の軍人として戦地に赴いた多くの人がいたこと。少数ではあったがアメリカへの忠誠を拒否した人もいたこと。日本とアメリカの間で多くの日系人が生活を、そして心を揺さぶられた。 すべては1941年12月7日(日本時間では8日)、日本軍によるハワイのパールハー…