ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/interviews/clips/993/

家族のアクティビティとしての太鼓(英語)

(英語)家族がきっかけで太鼓を始めた私にとって、考え方の根底には、太鼓は家族の一部であって欲しいという思いがあります。夫がグループにいてくれたことで、家族のアクティビティとして太鼓を始めてみたいという人たちが集まるようになりました。二重の効果かもしれませんね。家族で活動する私たちを見て、家族のアクティビティとして参加するようになったメンバーもいますし、子供たちに何か文化的なことをさせたくて参加させ、しばらくして自分も活動に惹かれてメンバーになったという方々もいますね。こんな風に、子供がきっかけで入った方々が結構います。子供はグループを辞めたけど、親御さんだけ継続しているケースもあります。家族での参加が多いという点で、私たちのグループはユニークだと思います。家族から1人だけの参加ではありませんからね。


ドラム 家族 太鼓

日付: 2004年7月9日

場所: 米国、ハワイ州

インタビュアー: アート・ハンセン、ソージン・キム

提供: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

語り手のプロフィール

マウイ太鼓のカイ・フクモト氏は地元ハワイ州マウイで何世代にもわたりお盆祭りで太鼓を演奏してきた家庭に生まれました。現在は彼女の夫と息子もマウイ太鼓のメンバーです。マウイ太鼓がグループとして正式に結成されたのは1996年ですが、マウイでのグループの歴史は100年以上にも及びます。

1970年、当時10歳の彼女はマウイ島のお盆祭りで太鼓を演奏しましたが、女の子がお盆祭りで太鼓を演奏するのは初めてのことでした。現在はマウイ太鼓のリーダーとして活躍しており、お盆シーズンにはグループを率いて16のお寺で演奏します。2001年には彼女が中心となって、演奏のため、マウイ太鼓のグループをつれ、福島県と広島県で太鼓公演のツアーを行いました。(2004年7月9日)

ハルノリ・オダ

アメリカ生活の始まり(英語)

新一世実業家 (1927-2016年)

大友 八郎

アメリカで直面した偏見

溶接業を営む新一世(1936年生)

ジョージ・タケイ

ジョージの母とブラッド(英語)

俳優、活動家(1937年生)

ウィリー・イトウ

両親(英語)

第二次世界大戦中トパーズに強制収容された日系三世。受賞歴のあるディズニーアニメーター(1934年生)

大友 八郎

娘が日本になじめず、再度アメリカ行きを決意

溶接業を営む新一世(1936年生)

カズム・ナガヌマ

妹のキヨは彼にとって第二の母親のような存在だった

クリスタル・シティに収容された日系ペルー人(1942年生)

二宮 正人

奥様とのなれそめ

サンパウロ大学法学部博士教授、弁護士、翻訳家(1948年生)

レイコ・T・サカタ

親の結婚

(1939年生まれ) 戦時中に家族とともに自発的にユタ州ソルトレイクシティに移住した実業家。