ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/interviews/clips/1642/

沖縄文化の理解(英語)

(英語)私は自分が沖縄人だということは、5年生か6年生くらいまで知りませんでした。それまでは「私は日系人」と思っていました。日本語学校に行くようになって、私の目は他の人たちより大きいし、腕は毛深く色も黒いけどなぜ?ペルー人だから?と不思議がられるようになりました。実際は生粋の沖縄人ですけどね。

両親もそんな話を何度も聞いて、私がそういうことを内に秘めていることを知り、一緒に『ちゅらさん』という日本のドラマを見ました。沖縄から東京に出てきた沖縄の女の子の成長物語です。このドラマには、ゴーヤ、つまり苦瓜や、たくさんの有名な沖縄のもの、三線やとても人気のある沖縄の音楽や踊りも出てきます。

それを見て私は、同じ日本でも都道府県で違いがあることを知りました。ドラマを見た後、私は北米沖縄県人会に参加するようになり、踊りや太鼓に参加したり、沖縄文化に囲まれて沖縄の文化をよく知る人たちと一緒に過ごすようになりました。そのお陰で「こういう微妙な違いがあるのか」とか、「こんな大きな違いがある」という風に沖縄文化をより深く理解できるようになりました。大人になって別の地域のお盆で団子やアンダーギーを見ると、あれは私の文化だと思うようになりました。


カリフォルニア州 文化 アイデンティティ 日系アメリカ人 県人会 北米沖縄県人会 沖縄県系 アメリカ合衆国

日付: 2018年8月30日

場所: 米国、カリフォルニア州

インタビュアー: シャーロン・ヤマト

提供: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

語り手のプロフィール

(日本語)カリフォルニア州ガーデナ育ち。両親は、ペルーの日系および沖縄系コミュニティで育ち、後に米国へ移住したリマ出身の移民。こうした多様な背景を持つヤマシロさんは、これまでさまざまな文化的伝統が混ざり合う環境に触れてきた。北米沖縄県人会に所属し、沖縄とペルーを訪れた経験がある。教員免許を取得したが、ガーデナバレー日系文化センター(GVJCI)での活動機会を得て、非営利の仕事に転向し、GVJCIおよび北米沖縄県人会でボランティア活動をしている。(2018年8月)

ロイ・H・マツモト

ニックネーム(英語)

カリフォルニア出身の二世。第2次大戦中は、MIS(陸軍情報部)としてメリル襲撃隊にて活躍。(1913年生)

ジーン・ワカツキ・ヒューストン

典型的な一世だった父(英語)

作家(1934年生)

ロイ・H・マツモト

日本との戦争に対する何ともいえない感情(英語)

カリフォルニア出身の二世。第2次大戦中は、MIS(陸軍情報部)としてメリル襲撃隊にて活躍。(1913年生)

ロイ・ヒラバヤシ

家族で日本の伝統的お正月をお祝い(英語)

サンノゼ太鼓の共同設立者・支配人 (1951年生)

リチャード・コサキ

ワイキキで育った経験(英語)

ハワイ出身の政治学者・教育者(1924年生)

ロイ・ヒラバヤシ

太鼓演奏の哲学(英語)

サンノゼ太鼓の共同設立者・支配人 (1951年生)

ジェロ (ジェローム・チャールズ・ホワイト Jr.)

母と祖母を見て学んだ日本の伝統(英語)

演歌歌手(1981年生)

モニカ・小木曽

日本文化の継承-日本語学校(スペイン語)

(1969年生) アルゼンチン日系センターの前会長

ピーター・ミズキ

目立ちたくない外国人(英語)

在日三世・剣道家

フランク・ヤマサキ

人類全体への思いやり(英語)

ワシントン州出身の二世。戦時中徴兵拒否。(1923年生)

モニカ・小木曽

アイデンティティ・クライシス(スペイン語)

(1969年生) アルゼンチン日系センターの前会長

ジェロ (ジェローム・チャールズ・ホワイト Jr.)

家族以外の人前で歌うことはなかった演歌(英語)

演歌歌手(1981年生)

藤間勘須磨

日本舞踊を通して感じる日本人・アメリカ人の両アイデンティティ(英語)

日本舞踊・歌舞伎役者 (1918-2023)

アイコ・ヨシナガ・ハージック

アメリカ人になろうとした結果(英語)

研究者、活動家(1924-2018年)